第4章 【直哉×無関心女中】
襖を閉め、一人きりになった静寂の中で、彼は崩れるように壁に背を預けた。
ドクドクと、耳元で自分の心拍音がうるさいほどに鳴り響いている。
(……なんや、あれ。あんなん、化け物やろ……)
直哉は自室の畳に膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返した。
自分が与えた「紅」という火種が、これほどまでに鮮やかに、恐ろしいほどの熱量を持って彼女を焼き変えてしまうとは。
呼び覚ましてしまった「女」の輪郭に、彼は本能的な恐怖すら覚えていた。
混乱する頭の中で、ふと記憶の断片が繋ぎ合わされる。
(……せや。思い出したわ。あの女の母親……)
かつて父・直毘人が傍に置き、選び抜いた初期の女中の一人。
父は酒と術式を愛したが、それと同じくらい、美への審美眼も苛烈だった。
老いて屋敷の隅で働いていた姿しか記憶になかったが、確かにその母親は、若かりし頃は目を引くほどに美しかったはずだ。
その血を引く娘が、美しくないはずがない。
脳裏に焼き付いたの姿を反芻する。
生まれ持たなければ逆立ちしても手に入らない、天性の骨格。
掌に収まりそうな小さな顔に、鶴のように長く、しなやかな首筋。雑巾がけで鍛えられつつも、無駄な肉のない伸びやかな手足。
それだけではない。
禪院家という、時代に取り残されたような異界での生活。
夜は早くに眠り、鳥の声とともに目覚める規則正しい規律。
使用人たちに振る舞われる、土地の恵みと出汁を基本とした、添加物など微塵もない滋味溢れる食事。
そして、深い山に抱かれ、直射日光を遮る深い軒下での暮らし。
下界の女たちが金と時間をかけて必死に作り上げようとする「美」の土台が、日常そのものとして結晶化していたのだ。
内側から発光するような、くすみのない白磁の肌。
それは、外の世界を知らぬ「無知」という名の清らかさと、禪院家が図らずも守り育ててしまった、最高級の「原石」の輝きだった。
直哉の指先が、じりじりと熱を帯びる。
彼女を「書き割り」だと、代えのきく小道具だと嘲笑っていたのは、一体どこの誰だったか。
今や、その存在そのものが、直哉の胸をざわつかせる巨大な呪いのように膨れ上がっていた。
その事実が、傲慢な彼の独占欲に、初めて「焦り」という毒を混ぜ込んでいく。