第1章 【直哉×働き者女中】
視界が急に、熱い膜に覆われた。
必死に堪えようとしたが、一度溢れ出した感情は止めようがなかった。頬を伝う雫が、畳に小さな染みを作っていく。
「……おい、何泣いとんねん」
聞き慣れた声に、弾かれたように顔を上げた。
いつの間にか目の前に立っていた直哉が、心底信じられないものを見るような目でを凝視している。
「なんや、どこか痛いんか? それとも、誰ぞに何か言われたか」
直哉はギョッとしたように眉を寄せ、珍しく狼狽えた様子で詰め寄ってきた。
彼にとって、女の扱いは慣れたものだったはずだが、目の前で静かに、絶望したように涙を流すの姿は、彼の計算にはなかったらしい。
「いえ……。何でも、ございません……っ」
「何でもない奴がそんな顔するか。気色悪いなぁ……。
ほら、泣き止め。見苦しいわ」
直哉は乱暴に彼女の肩を掴み、嗜めるように言葉を投げた。だが、その声にはいつもの鋭い毒はなく、どこか戸惑いが混じっている。
「……私が、何のためにここにいるのか、分からなくて」
絞り出すように呟いた言葉は、直哉には届かなかった。
なぜ「何もしなくていい」という最高の贅沢を与えられているのに、この女はこんなにも悲しそうな顔をするのか。
直哉には、その心が理解できない。
「……阿呆が。余計なこと考えんでえぇ言うたやろ」
直哉は溜息をつくと、強引にを自分の隣へ座らせた。
は、自分の気持ちをどう説明すればいいのか分からず、ただ溢れる涙を袖で拭うことしかできない。
必要とされたい。
誰かと共に、汗を流したい。
そんな「下賤な」願いは、この高貴な男には一生理解されることはないのだろう。
結局、は何も言えぬまま、ただ静かに彼のそばにいた。
窓から差し込む陽光が、無機質に部屋を照らしている。
この広すぎる静寂の中で、彼女は自分が透明な鳥籠に閉じ込められたことを、改めて思い知らされていた。