【HUNTER × HUNTER】愛されすぎて困ってます
第2章 【1】ゾルディック家
「……そう、じゃあ明日から訓練するから」
まるで初めから何事もなかったかのように、淡々と。 それでいて、目に浮かんだ涙を拭うわたしに興味があるのか、彼はわたしの顎を掴んで視界におさめようとする。 鼻から流れてくる液体が落ちないように、すん、すん、とすすりながら、目の前で自身を見つめる彼に問いかけた。
「すぐ行くんじゃないんだ……おしごと……」
「今行ったら確実に死ぬでしょ、お前。 ……まさかそれで、行くの渋ってたわけじゃないよね」
「ン……。」
「そんな馬鹿なことしないよ、オレ」
少し呆れた物言いで図星を突かれ、罪悪感から顔を背ける。 それと同時にイルミは、わたしを掴んでいた手をぱっと離した。
「……簡単に死なないくらいには躾ないと」
「……もしかして、イルミが訓練してくれるの?」
「うん。 執事に任せてもいいけど、変な癖つけられても困るから。 ……も嬉しいよね」
「もちろん! えへっへ……うれしいなぁ……」
彼の言う“しつじ”が誰なのかは分からないけど、わたしにとってはイルミか、イルミ以外かでしかない。 イルミ以外の誰かに興味はないし、きっとこれからもそうなんだと、幼心ながら思っていた。
ベッドから降ろした足をぷらぷらと揺らし、嬉々とした感情が声になって漏れる。 イルミは外していた視線を再びわたしへと向けると、いつもと変わらないトーンで「」と名前を呼んだ。 その声に釣られ彼を見上げると、そこにはいつもよりほんの少し、意思のある表情を浮かべたイルミがいた。
「……自分の首絞めた相手に、よくそんな顔できるね」
それはほんの違和感。 恐らくイルミ自身でさえ、その家族でさえも気の所為だと振り払ってしまうほどの。 けれどそれも一瞬、次に瞬きをした時には、彼に感じた違和感は失われ、いつもの無機質な表情に戻っていた。
そしてわたしも、この一瞬で焼き付いたそれに心を揺さぶられ、記憶を反芻してしまうほどに動揺していた。 拡がる瞳孔、開いた口の隙間が閉じたのは、その頭に重みを感じたから。 それが彼に撫でられているのだと気付いたときには、その手に甘えるように擦り寄っていた。