第21章 21.
「サクマさん?確か...60代手前だったと思うけど...」
60代手前、と、診療所のデスクで腕を組む侑士。
「ええっと、確か」
膨大なカルテがある棚に目を走らせ、あった、と薄い封筒を取り出した紫陽。
「うん、今年、57歳になられるわね」
50代後半、と立ち上がり、紫陽の持つカルテを覗き込む。
「倒れはったんですか?」
これ、と5年前の記録を指さす。
「ええ。
軽度の脳梗塞で、早期発見と手術で、大事には至らなかったんだけれど」
発見が早くて助かったのよ、と執刀医に紫陽の父の名前がある手術記録に目を通す。
「サクマはん、定期的な脳の検査とか、受けてはるんでしょうか?」
「うちでは記録はないけれど...
なにかあったの?」
前を開けて羽織った白衣を払い、軽く腰をデスクに預けて腕を組んだ侑士が、低く唸った。
「手広く経営をしているトップの人間にしては、ちと、記憶が怪しいな、と...
俺ん事を『屋敷の子』言うたかと思うたら、せんせーの若燕か?と言ったり、せんせーを『師や』と言うた俺に『医者なのか?』と聞き直したり...
今朝の朝食と昨日の夕飯がごっちゃになっとったり、肉を食わへん配偶者に用意されたメニューと勘違いしとったりして、なんや的を得てへん応えで...」
現役で経営しとる人間にしては頼りないっちゅうか...と、侑士は難しい顔をする。
「元がそういう人やということも、あるかもしれへんけど...」
「それはないわ」
カルテを閉じた紫陽が、被せるように言った。
「サクマさんは、炭鉱から流通、この町の経済の中核を担う大地主の当主よ。経済だけに留まらず、政治にも参加されている。
そんな方が、知能に障害があると言うの?」
「...若年性アルツハイマー」
「え?」
「認知症、いわば『ボケ』。
脳梗塞しとるなら、ないとは言えへんと思います」
「ボケ...」
そんな、と紫陽。
「『屋敷ん子』言うたり『若燕』言うたり...
言葉もやけど、いっちゃんおかしかったんは格好や」
見ましたか?と問われた紫陽は、首を傾げた。