第21章 21.
「あん人、今日は雨なんや降りそうもない天気やったんに、足元が雨靴やった。
それに、娘のテニスの試合を見に来とる言うには、持ちもんがおかしかってん。普通やったら、タオルとか飲みもんとかランチバスケットとか持ってそうやのに、なしてか取引に使うような革の鞄、持ってはった」
「お仕事の合間に来られた、とか?」
「取引やと言うなら鞄は持っとっても、雨靴、履くやろうか?
雨靴履くような場所に寄るんなら、革のハンドバッグ、持つか?」
「確かに...」
「なんや、気になんねん...」
視線を落として考え込む侑士の横顔を見つめる紫陽。
「それで、侑士先生の所見は、若年性アルツハイマーの疑い?」
「検査を勧めてみる価値はあるかと。
受けるかは、本人の意思ですけど...」
そうねぇ、と長く息を吐いた紫陽に、侑士は言った。
「俺が検査を進めたところで、『ほないつにしましょう?』と返ってくるとは思うてません」
「でしょうね」
せやから、と侑士は一枚の紙を机に置いた。
「『定期検診』?」
「ああいう人間は、新しいことが好きやし、それをまず自分がやらんと誰かに先取りされたら腹立てるタイプや」
心当たりがあるのか、紫陽はゆっくりと頷いた。
「50代以上を対象に、基本的なバイタルチェックと生活習慣の問診、この年代に多い高血圧や今後、発症の可能性がある健忘なんかの検査を受けてもらって、加齢による体の変化を確認してもらうきっかけにならへんかと」
「それは、とてもいいことだけど、50代以上とは言え、町の人みんなを対象にしたら...」
検査用具や薬品の棚を見た紫陽。
「まずは希望者だけ。これまでの病歴とかから勧めたい人を選んで、声をかける。今回で言うたら、サクマはんと同世代のうち、定期的な服薬や10年以内にせんせーから手術を受け取る人を中心に。
あ、今より増える費用は、自分で賄います。いうても、医者としての『給料』は、ドクターからもらうんやから、出どころはおんなしなんやけど...」
閉口した侑士に、どうしたの?と聞く。
「あーっと...その...」
とてもいいづらそうにしながら、侑士はデスクの深い引き出しから、ガラス瓶を取り出した。
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