第21章 21.
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侑士は、コートに入ってから、一つとして得点を相手に取らせなかった。
ペアを組んだひのはを無視するでもなく、しかし、参加者の中でも上位に位置する彼女を大きく引き離す実力を見せた。
試合終了後、彼女の元ペアから借りたラケットを返すと、声をかけてきた人がいた。
「誰や?」
「お父様、」
「『おとーさま』...」
父親か、と、ラケットを抱くひのはが見る彼に向き合う。
にこやかな彼の後ろに、ひのはの母を見つけ、ふいっと目を逸らした。
「君は確か、一屋敷の子だったね」
屋敷と関わりが深くない大人の一部は、診療所や館を「一屋敷」と呼ぶ。
「Dr.紫陽とは、どういう関係だい?」
「せんせーは、俺の師です」
「医学の?」
「そうです」
「それだけかい?」
「?どういう意味ですか?」
いやね、とひのはの父は、少し侑士に顔を寄せて声を潜めた。
「まさか、『若燕』なのかな、と」
「わか、つばめ...?」
鳥のツバメか?と首を傾げる侑士。
「これは、あまり明晰な頭脳は持っていないようだね
君は、医者か?
そのわりには、ずいぶん若いな」
ふむ、と侑士を頭の先から爪先まで見たひのはの父。
「そら、すんません。医学しか知らんもんで」
彼の目つきに何かを察した侑士だったが、のらりくらりと躱す。
「勉強は嫌いとちゃうけど、余計なもん覚えとれるほど脳のキャパシティが無いもんで。
せいぜい、覚えられるんは一昨日の夕飯くらいですけど...
ちなみに、覚えてはります?一昨日の夕飯の献立」
「え?ああ、一昨日...?
き、昨日は...ああ、ビフテキだったよ。
その前だから...野菜スープとライ麦パンは、ランチだったな...夕飯、夕飯だろう?...グ、グラタン?」
自信なさげな回答に、お父様、とひのはが声をかけた。
「野菜スープとライ麦パンはモーニングですわ。
ランチは会食でお魚のコースを。
ディナーはミートローフでしたわよ。お父様がビフテキをご所望されましたけれど、シェフがステーキ肉が無い、とのことでミートローフに...
グラタンは、お母様は肉魚を口にされませんから、お母様用に用意されたものでしたでしょう。
しっかりなさって」
「これはこれは...最近、なかなか忙しくてね」
侑士は無表情にひのはの父を見た。