第21章 21.
「行くで」
ヨロヨロと構える相手を無視し、左手で放り上げた球を、少し重い、と感じるラケットで打った。
それまでの試合とは比べものにならないスピードと回転で走り抜けたボールは、コートの中に擦過痕をつけて跳ね返った。
なんとか追いつこうと男性プレーヤーが伸ばしたラケットよりも速く、ボールはコートの外に跳ね飛ぶ。
「こ、コートチェンジ」
審判役が、まるで傑物を見るように、コートを移動する侑士を見ていた。
「次のゲーム取って、トントンやな」
いけるやろ、と、木製のラケットをくるり、と回した侑士にひのはが声をかけた。
「本当に、テニスのご経験は無くて?」
「無いで。
とりあえず、線から出らんように、相手が打ち返せへんように打ち返しとるだけや」
「そうですの...」
ひのはが侑士に向ける目が、これまでのキラキラとした少女の瞳から、畏怖さえ含むようなものに変わった。
✜
(来るっ)
先ほどの鋭い球を踏まえ、後衛に下がった男性選手。
「え、」
「はっ?」
「うそっ」
ラケットを頭上に構えただけでほとんど振らなかった侑士。
確実に捉えたボールは、ネット間際のこちら側に、音もなく、跳ね返りもせずに落ちた。
「あ、やっぱ跳ねへんかった」
なるほどな、と手首のスナップを確認する侑士。
唖然とする周囲を他所に、腕の振り抜きと手首の角度か、とラケットを素振りする。
「ドロップショット、だと?」
「今、モーションあったか...?」
「あの方、なかなか腕がありますわ」
最近、体を動かすことと言えば、農作業や庭仕事、乗馬、薪割り。
スポーツと言われるものの経験が記憶に無い侑士は、ゆっくりとラケットを眺めた。
「おもろいな、テニス」
ざわつく周囲を気にもしない侑士の口角が上がった。
「侑士っ」
一際大きな声に顔を上げると、身を乗り出すレイがいた。
「すげぇよっ!このまま勝っちまえっ」
行けるぞ!と興奮気味に拳を突き上げる彼の隣で、カレンが声を上げた。
「侑士、頑張れっ」
「がんばれー」
カレンの膝に抱かれていたユリが、小さな手で拍手をしながら笑う。
「侑士くん、いけますよ」
「がんばって」
「あーいっ」
シュウが、アンリの膝で手を叩くハナと一緒に頷いた。
ギャラリーに戻ってきた紫陽が、スコアボードを見て驚いた顔に、口角を上げた。