第3章 轟焦凍のHERO童貞理論
玄関の扉を開けた途端、ひんやりとした朝の空気が頬に触れた。現実に戻ったような、でもまだ余韻を引きずっているような、不思議な感覚のままだ。
「ここでいい。あんまり寝てないだろ?ちゃんと休んでくれ」
「うん…。でも朝帰り怒られないかな?」
「心配しなくていい。最低限の連絡だけはしてあるし、何も言われてはいない」
「ならいいんだけど。……焦凍、気をつけてね」
「ああ」
かかとを靴に押し込みながら、次はいつ会えるだろうと、そんな名残惜しさが残る。ここで抱きしめてしまったら離れられなくなりそうで、言葉に変える代わりにぐっと堪える。
「凪…」
「ん?」
「時々、来てもいいか?」
「いつでも来て。…待ってるから」
「ありがとう。また連絡する」
「うん。いってらっしゃい」
太陽はもう高く空は思ったよりも明るかった。寝不足なはずなのに足取りは軽い。スマホを開いてグループからの未読のメッセージを読む。〝報告したいことがある〟そう打ち終えてゆっくりと歩き出した。
無意識でも昨日の体温、吐息、匂い、表情、それが確かに自分の腕の中に在ったという余韻に自然と口角が上げる。このまま微睡むのもいい、そう思いながらも、門の前には父親の姿が見えて一気に現実に引き戻された。自分が乗り越えるべきもう一つの壁、これは避けて通れない道だと悟る。
「遅い帰りだな、焦凍」
出迎えた声は低く圧もある。束の間とはいえ、上司である父親の許可なく空白の時間を作ったのは俺だ。罰を受ける覚悟もある。
「無理を言って悪かった。着替えたらすぐに現場に入る」
「今は待機だ。休んでいろ」
「待機…?」
「朝帰りの理由は聞かん。ただ、男として責任が取れないようなことだけはするな。……それだけ言いたかった」
理由も聞かずそう言い終えると目線も合わせずに飛び立った。父親としての一言を受け止めるには時間が必要なことも多かった。だけど今は違う。
「……ああ、分かってる」
凪への覚悟と責任は俺の中にあるから。
遠くで車の音がひとつ、低く響く。あいつには全部バレてしまっているのだろうか、せっかくの余韻は気恥ずかしさに消されてしまって、午前9時の太陽がいつもより眩しく感じた。