第3章 ジムにて
ナンパされてどうなることかと思いきや、うまくまとまったのはヴィクトルのおかげだ。
「助けてくれてありがとう、本当に――」
「ああ、名無しちゃん。すまない。怖かっただろう、あんなマッチョな大男にいきなり声をかけられて」
彼は有無を言わさずあなたのことを長い腕でぎゅうっと抱きしめてきた。
公共の場での熱い抱擁だったので、一気に顔が赤くなる。
「えっ、だ、大丈夫っ。ちょ、ここジムだよ、落ち着いてヴィクトル」
「君のほうこそ心臓がどきどきしてるじゃないか。そんなに怖かったのかい?」
「くっついてるから!」
人前でもおかまいなしに髪をそっと撫でられて熱くなる。
そんなとき、あなたはふと視線を感じ、ヴィクトルの後方に目をやった。
彼の部下のクリスがまだランニングマシーンの近くにいて、わざとらしく顔をタオルで拭いながらニコッと笑いかけてきたのだ。
完全に抱き合ってるところを見られてしまった。
それにクリスの笑いは、どこか面白がる様な含みがある。
「どうしようヴィクトル、やばいよ。見られちゃってるんだけど、クリスさんに」
「ん? ああ。気にしないで。彼にはもう君のことを紹介したから」
「⋯⋯え!?」
「どうしてそんな驚くの? だめ?」
「な⋯⋯なんて言ったの?」
「俺のガールフレンドだよって」
どっちの意味だろうとあなたは悶々とする。でもヴィクトルが表情を和らげ笑顔になったから、突っ込めなかった。
「そういえばヴィクトル、さっきあの男の人と会話してたでしょう? 一瞬ほんとに行くのかと思っちゃったよ、はは」
あなたは一人で対処できなかった不甲斐なさを感じながらも、冗談めかして話題にしようとした。
しかし彼から返ってきたのは、かなりの心配な眼差しだ。