第2章 元彼編
アパートを出たあと、車の中は重い空気だった。
難しい顔で運転していたヴィクトルに話しかけづらかったが、やがて車が道脇に停まった。
「⋯⋯ごめんね、名無しちゃん。最後我慢できなくなって。怖がらせちゃったよな」
彼は苦悶を浮かべて助手席のあなたへ向く。
でもあなたは勢いよく首を振った。
「ううん! そんなことないよ。こっちこそ、不快な目に合わせちゃってごめんね。⋯⋯でもヴィクトルが本気で怒ってくれて、嬉しかったよ」
あなたはなんとか明るく振る舞おうとし、微笑みを浮かべた。彼に対する申し訳なさは、消えようもないけれど。
するとヴィクトルはあなたの方に身を寄せ、体を抱きしめる。
「当然だよ。もうあんな風に、君を誰かに傷つけさせるなんてしないから。俺が一緒にいるからさ」
彼の心は痛んだ様子だった。そして同時に、あなたへの強い思いを再確認して、腕に力がこもる。
ヴィクトルに抱かれていると、さっきまでの吹き荒れた心が途端に治まり、心地よい安堵に包まれるから不思議だ。
「ふふっ⋯⋯ありがとう」
「⋯⋯ん? 名無しちゃん、笑ってる?」
心配になったのか胸から離し、彼が顔色をうかがうようにのぞきこんでくる。
なぜだか、あなたの表情には微笑みが浮かぶ。
苦痛から救われたことによるのだろうか。きっとすべては、彼のもとにいて気が抜けてしまったからだ。
「俺は本気だよ? あれ、もしかしてさっきの冗談だと思ってる? あいつを挑発しただけとか」
だが何も知らないヴィクトルは、大人らしさの仮面が取れ、焦りがにじむ。
あなたは彼の発言の真意を疑ったわけではなかったが、そこに触れられるとどうしていいか分からなかった。
「あの、本気って⋯⋯どういうこと?」
「いやあのね。伝わってなかったか⋯? 困ったな」
彼はぶつぶつと話し始め、しかし急に何かを思いついたようだった。