第2章 元彼編
元彼に激しい怒りをにじませながらも、あなたを気遣い、一緒に出ていこうとしてくれたヴィクトルを見やる。
「ごめんね、ヴィクトル」
「いいや。君がそれでいいなら、俺は構わないよ」
彼こそが、自分を長い苦しみから救ってくれた人なのに、黙っていてくれた。
自分のせいで元彼にあんなふうに思われてもだ。
「⋯⋯どうせ別れんだろ、長くは続かねえよ。俺のとこ戻ってきても遅えから、後悔すんなよ!」
奥からそんなことを吐き出す元彼に、とうとうヴィクトルは我慢の限界がきて踵を返す。
あなたが止める前に、彼はマティアスの胸ぐらを再び掴み引っ張り上げた。
後ろ姿しか見えなかったが、彼は怒りをこめてこう言った。
「情けないんだろ? お前じゃ幸せに出来なかったからな。でもな、自分の未熟を彼女のせいにするな。彼女はもうお前のもとには戻らねえよ。二度と近づくんじゃないぞ。妙な真似したら俺が追いかけ回してやるからな、クソガキ」
ヴィクトルの地を這うような低音が届き、あなたは喉をごくりと鳴らす。
彼はいつも上品かつ飄々とした雰囲気だが、温和な彼の激しく湧き上がった怒りが垣間見えた。
マティアスは怯んだのか、何も言えず体を解放される。
戻ってきたヴィクトルは、まだ硬い表情ながら、荷物をもってあなたの手をひく。
そうして二人は、ようやくこのアパートを立ち去った。
外の肌寒い空気の中、ヴィクトルの手のひらだけが温かく灯してくれていた。