第2章 元彼編
「はあ、はあ⋯⋯」
作業をしていてだんだん息が上がってくる。
時間を確認すると、三十分近く経過していた。そろそろ戻らないとヴィクトルも心配するだろう。
トランクを閉め終わり、あなたはリビングから廊下に向かおうとした。
そのときだった。男性の人影が現れたのは。
キャップを被った金髪の、一見細身の男だ。
彼は硬直するあなたを見てきょとんとしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。
「あれ、お前戻ってきたんだ。よかったー。やっぱな、思ったとおりだわ。まあ飲み会つまんねえから帰ってきただけなんだけど」
ラッキーだという軽い雰囲気で向かってきて、あなたは体が強張り息をのむ。
彼の視線が手元のトランクに向かい、怪訝な顔つきをしたことで、余計に鼓動がうるさくなった。
しかし、もう動揺して泣き出すつもりはない。
ここを出ていくことは決まっているからだ。
「マティアス。私、もうここには戻らないから」
「まだそんなこと言ってんのかよ。なあ、こんなのただの喧嘩だろ? お前が怒って出てっただけじゃねえかよ。⋯⋯分かったよ、俺が悪かったから。マジで行くなって」
彼は殊勝な態度に変わり、反省した顔つきで近くに来る。
あなたはその光景に慣れているため、もう何も思わなかった。
「私はもう別れたつもり。もう怒られたり責められたりするのが嫌なの。⋯⋯私も悪いところはあったよ。でも、つまらない女とか言われて黙ってられないから」
「だからさ、謝ってるだろ? そんなの本気じゃねえって。⋯⋯あー、あの女なら遊びだからさ。お前が気にすることないから、な?」
へらへらと笑ってマティアスはあなたの頭に手を伸ばそうとした。
反射的に後ずさると、彼は煩わしそうに眉を寄せる。
今まで暴力的なことは一度もない。マティアスは明るく、人を笑わせるのが好きな優しい人間だった。
でも一緒に生活する中で、こちらに甘えて利用してくるような言動が目立つようになり、いつしか二人でいても嫌な思いをすることが多くなった。
その原因は、少なからず自分にもあると思っていた。
なぜなら、ずっとうまく性行為ができずに、きっと彼のプライドも傷つけたし、フラストレーションをためさせてしまったからだ。