第2章 元彼編
ヴィクトルと好きという気持ちを交わして、思いが通じ合った気がした。
だからといって、この関係がどうなるかということは、あなたにはまだ想像できていなかった。
「名無しちゃん。本当に一人で大丈夫? 何かあったらすぐに電話して」
「うん、わかった。なるべく早く戻るね」
今は夜の八時で、自宅アパートの近くにいる。今日は元彼マティアスが不在のため、必要な荷物を運び出そうとしていたのだ。
道路脇に黒い乗用車を停めてくれたヴィクトルに礼を言い、降りようとした。するとそっと手を握られる。
「待って」
「えっ?」
振り向こうすると彼が運転席から身を乗り出し、あなたの頬にちゅっとキスをする。
「っ!! ⋯⋯あっ⋯⋯こんな外でっ」
「ごめん。車の中だからいいでしょ? ⋯⋯気をつけてね。俺がいるから大丈夫だよ」
「⋯⋯あ、ありがとう。ヴィクトル」
あなたは頬を染め、照れて目を泳がせる。
緊張していた自分を案じてくれた彼の温かい思いを感じ取る。
外も暗い車内とはいえ、どちらのドキドキなのか分からなくなってきた。
あなたは思いきって、素早くヴィクトルをハグする。
一瞬驚いたような彼に、「行ってきます」と照れながら告げて急いで車から降りていった。
古いが風格漂う外観のアパートへ入り、階段をのぼる。
今やまったく状況が変わったとはいえ、ここへ来るとこの間の絶望感が蘇った。
だが部屋へ向かうと誰もおらず、瞬間的にほっとする。
「よかった。早く済ませないと」
何をするか前もって決めていたあなたは、トランクに服や靴、必要品を詰めていく。
このアパートはほとんどの家具が備え付けで、引っ越す場合もそこまで大変ではない。
数年世話になった老齢の大家さんにも、すでに連絡をし退去を伝えてある。今月分の家賃は支払い、これまでも支払いに不備のないあなたへの信用から、彼は事情を理解してくれた。
元々ここに住んでいたため賃貸名義は自分だ。同棲を始めた当初、元彼は同居人として契約し、家賃は少し上乗せになった。
マティアスは大学生でアルバイトのため、食費を担当し家賃と光熱費はあなたが払ってきた。
しかし今回のことを踏まえ、大家さんはもし彼が出ていかないなら彼に家賃請求をすると言っていた。
契約がどうなるかは、あとは両者の問題となるのだ。