第2章 元彼編
「⋯⋯じゃあいいよ。私は帰らないから」
「は? お前行くとこないだろ? どこにいんだよ――」
あなたは踵を返し、掴まれそうになった腕を無視して出ていった。
階段を駆け下り、息をきらしてアパートから立ち去っていく。
「⋯⋯うっ、ううっ」
路地の光を一つ一つ通り過ぎていくと、涙で頬が濡れていった。
悔しくてたまらなくて、叫びたくなった。
自分がまともな体だったら、彼はあんなふうにならなかっただろうか。
もっと深く、心で結び合えたかもしれない。
だいたい、ずっとセックスできないのに一緒にいてくれたのに。
自分がそれにきちんと感謝できなかったから、こんな結果になったのか。
「全部自分のせいだ⋯⋯」
あなたは駅まで歩くが、だんだんと速度が落ちていく。
ヴィクトルに出会って、自分を変えられるかもと呑気にわくわくすらしていたことに、罪悪感がつのる。
あんなに優しい人を利用して。
「ごめんなさい⋯⋯」
あなたは顔を拭い、心の中で彼に謝罪した。
もう会うべきじゃないと思った。
ーーー
あなたは行く宛もなく、沿線上の駅のカフェバーにいた。もう夜中の十二時を過ぎている。
カウンターに背を丸めて座り、スマホを触る手をとめる。
ヴィクトルに一言謝りのメッセージを入れようかと思ったが、何も言わず別れたほうがいい気もした。
明日、カードキーはフロントに返せばいい。
そう決めて胸がずきずきと痛む。
彼は大人だからきっと自分が失礼なことをしても、許してくれるだろう。
勝手にそう願い、瞳をぼんやりさせた。
「もう一回、会いたかったな⋯⋯」
夢をさかのぼるように、あの素敵な年上男性の腕の中を思い出す。
やっぱり昨日、彼に抱かれていればよかった。無理矢理にでも頼み込んで、初めての人になってもらえばよかった。
「私って最低だ⋯⋯」
自分に呆れて、重いため息を吐いたときだった。
スマホに通知が現れる。
あなたはそれをじっと見て、すぐに理解が追いつかなかった。
メッセージの相手は、あのヴィクトルだったのだ。