第16章 【乙骨】八百比丘尼
彼が案内する方へ向かえば、遠くで佇む人物が見えてくる。
線の細い女性。
僕と同じくらいの年頃。
心配そうにこちらを見ている。
(どうしてこっちから来るってわかったんだろう?)
若干の違和感を持ちつつも更に近づく。
向こうの人物もこちらに気付く。
いや、リカを見ている。
式神が見えるのか。
だとしたら、呪霊が蔓延るこんな野外にずっと佇むのは危険過ぎる。
更に近づく。
そこで僕は足を止めた。
彼女、何かおかしい。
呪力は全く感じない。
けれど、彼女の周りの空気だけ違う。
呪いではない。
ただ何かに包まれている感じ。
とてつもなく大きなものに。
冷たく、重く、たまに揺れる。
当たり前にあるのに、絶対的な存在。
そう、例えるなら―――海。しかも深く暗い。
僕が息を呑み、彼女に近づくのも声を掛けるのも躊躇っている間に、彼女の方からこちらに駆け寄ってきた。
正確にはリカに。
(危ない!そんなに急に近づいたら……!)
しかし、彼女はリカから降りた彼の頬に手を伸ばし、頬に触れ、肩から指先まで無事を確かめるようにして、初めて安堵の表情を浮かべた。
(…リカ……?)
警戒心の強いリカが彼女に反応しない。
すぐ触れられる距離にいるのに威嚇すらしない。
彼女が彼の無事を確かめているのをただ見ている。
彼女に対する認識はあるのか。
彼女は彼の無事を確認し終えると、今度はリカに腕の中の虎杖くんにも同じように触っている。
リカが反応しないのもおかしいけど、初見でリカに難なく近づく彼女もおかしい。
いくら呪力がないからって、見た目だけでも足を止める理由は十分なはず。
それほどに二人を心配していたのか、本当に気にしていないのか……判断はできない。
そんな風に彼女を見つめていると、僕に気がついたのか視線が合う。
最初に感じた違和感は未だにあるけれど、彼女の瞳に敵意はない。
むしろ僕を二人を助けた恩人だと思っているようで、礼を言い、深く頭を下げる。
虎杖くんを(治したとはいえ一度は)殺し、脹相さんに(仕方ないとはいえ)痛烈な一発をお見舞いしている僕としてはその感謝を素直に受け取っていいものか躊躇われる。
躊躇った末に、それは横に置いておいて、「あなたは?」と訊くと「八重と申します」と名乗って、照れたように少しはにかむ。
その表情を見て初めて、彼女が身近な存在に感じた。
