第19章 耐え忍ぶ
高専校舎に入り、窓際に備え付けられているベンチに脹相を座らせた。
脹相は獄門疆・裏を両手で握りしめ、その手に額を押し付けて「どうして…」や「俺が…」などと呟きながらボロボロと涙を流している。
(あぁ…この人もこんな顔して泣くんだ……)
顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く人間は比丘尼の時に数多見てきた。
その時は相手が安心できるように、その心に寄り添うように、微笑んで隣に佇んできた。
しかし、初めて見る脹相の涙には胸が締め付けられる。
胸がチリリとまた痛む。
その震える肩を上から抱きしめてやりたい衝動に駆られる。
まさかそんなことはできるはずもないので、八重は脹相の正面に跪くと獄門疆・裏を握りしめる脹相の両手を包み込むように自らの両手を重ねた。
脹相の両手はボロボロで、身体も傷だらけ。
きっと相当痛いはずなのに、今の脹相は心の痛みだけで泣いている。
傷んだ手を優しく撫でる。
「…何が、あったのですか…?」
比丘尼のように話しかける。
きっと八重の言葉では届かない。
脹相に声が届くのならば八重は一度は捨てた比丘尼の仮面を喜んで被った。
「……天元と…九十九が…俺を……逃がした……」
脹相から零れる言葉に、比丘尼は(あぁ、そうだったのか…)と理解する。
「……九十九が……〝人〟として……生きろ…と……」
炭と化した八重の心にチリチリと再び火が着いて、赤く燃え始める。
良い炭ほど永く強く燃えるとは皮肉である。
八重の胸は苦しく燃えるのに、比丘尼がその火の正体を理解し無慈悲にも八重に耳打ちする。
比丘尼は八重が目を背けていた感情に名前を与える。
(そうか…私……九十九さんに…)
それを知ったところでこの苦しみがなくなる訳ではない。
むしろ、この国全部の人の命を背負って大きな戦いに身を投じるその人に、脹相を救ってくれたその人に、そのような感情を抱く自分の人間性に吐き気がする。
それでも、脹相を〝人〟にしたその人への、脹相の心に巣食ったその人への、嫉妬の炎で胸のみならず全身が熱くなる。
八重のそんな苦しみに比丘尼は何ら反応しない。
皆を救う比丘尼なのに八重の心ばかりは救わない。
比丘尼が持ってきた苦しみを、八重は一人で持て余すしかなかった。