第31章 変化と進展
巫女は、ただ歩いていた…真人から逃げた、という認識すらない
ただ――自由だった
靴の響き、平らで冷たい黒い地面
……妙な国だと思うのに、頭の奥に、別の記憶が流れる
信号、横断歩道、車、
それは紅海の記憶だった
「止まる……赤は止まる」
自分の声に、少し驚く…
知らない知識なのに、身体は理解している
二人分の人生が、静かに重なっていた
店の光に吸い寄せられる
自動ドアが開いて巫女は一瞬、身構えた
いや、違う…ただの便利な術式?のようなものだと、紅海の記憶が教える
コンビニ…無数の食料に整った棚
そこから、おむすびを取る…
紅海の記憶を頼り、財布を開いたとき、少しだけ躊躇した
恐る恐るお金を取り出す
「あっしたー!」
よく解らない言葉を掛けられた
誰も自分に祈らないし恐れない…
人は彼女を見ると頭を垂れた
「神の器」
「祝福の巫女」
「巫女様の能力を残すために子を作りましょう」
愛ではなかった
民は利用するために、恩恵を受けるために
巫女は、誰かに愛されたいために
触れる手は、すべて目的があった
抱かれた夜ですら
「…愛しています」
そう言った男の目が、能力しか見ていなかったことを、彼女は知っている
ペットボトルから冷たい水飲む
喉を通る感覚
何故か涙が、突然落ちた
理由が分からない…紅海の感情が混じる
優しくされた記憶や笑われた記憶
誕生日を祝って貰ったり
温泉旅行に行ったり
怪我をすれば心配してくれる人間がいる
そして、仲間に呼ばれる声…
自分の人生と比較をするも胸が痛む
「……これは……私のものではない」
紅海は愛されている
自分は――愛されなかった
ガラスに映る姿は、昔の自分ではなかった
巫女は息を呑む
「……美しい」
この身体は、多くの人間に守られてきた
求められて望まれてきたのだ
その事実が、胸を締め付けた
「……ずるい」
初めての感情だった
「私も愛してほしい…」
巫女の中に、歪んだ願いが生まれた