第8章 ボクシング・デー
--ガンッ
透明なガラスの隙間に指をねじり込む。
神羅製。
どこよりも静かで滑らかな開閉を売りにした自動ドアだったが、今のアグレイスにとってはただの障害物でしかなかった。
閉じかけた扉に無理矢理体をねじ込ませる。
中で待ち受ける女性がわずかに目を見開いた。
だが、それも一瞬のこと。
「本日はいかがなさいましたか」
その声音には驚きも苛立ちもない。
ただ定められた手順を遂行する者だけが持つ、冷ややかな静けさがある。
アグレイスは荒い息を吐きながら、つかつかとカウンターに歩み寄った。
そして台に手をつく。
「レノはどこ!?」
土埃と山火事を思わせる臭いの染みついた彼女を前にしても、白い服の女性は顔色一つ変えることはなかった。
「”レノ”様ですね。お調べしますのでお待ちください」
事務的な返答の途中で細い指がキーを叩く。一部の隙も無いリズムがアグレイスを苛立たせる。
置いた指に力が入り、頑丈な台がみしりと音を立てた。
「アグレイス!? 戻ってたのか!」
振り返った先には、見知った茶髪のツンツン頭。
鼻に貼られた絆創膏を照れくさそうに掻く後輩--ロッドがいた。
「お、おい、どうしたんだよ」
カツカツと音を立てて距離を縮めるアグレイスに、戸惑う後輩がわずかに後ずさる。
「ちょっ、待--」
言い終える隙は与えなかった。アグレイスは、乱暴に引き上げた体を壁に押し付ける。
哀れな背中は退路を失った。
「レノはどこ?」
「ぐぇっ」
喉を潰したような声が漏れる。
「負傷って何?」
アグレイスが強く握り締めると、ロッドの首が天を仰いだ。
逃がさないとばかりに彼の眼前に押し付けたのは開いた携帯の画面。哀れな彼の目が文字を追う。
『レノ負傷』
「それなら……お、おち…うぇっ」