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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第1章 火の粉【斎藤一】


「あんたといると、気が休まるな」
炉の火を見つめながら、ぽつりとこぼした言葉だった。

椿は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

「ふふ、嬉しい。私もです。出来ることなら、ずっと一緒にいれたらいいのになあって思ってますよ」

その声は穏やかで、陽だまりのように柔らかかった。

昼下がりの光が格子窓から差し込み、炉の火と混ざって彼女の頬を照らす。煤にまみれた頬に光が当たるたび、きらりと輝く――それがやけに美しかった。

「……そうか。俺も、悪くないと思っている」

自分でも意外なほど自然に、言葉がこぼれた。

椿は少し照れたように目を伏せ、火箸をいじりながら微笑む。

「斎藤さん、以前より表情が柔らかくなりましたね」

「そう見えるか」

「はい。最初は、鉄より固い顔してましたから」

そう言ってくすりと笑う声が、鍛冶場に溶けた。

外からは、遠くで子どもたちの笑い声と風の音が聞こえる。
鉄を打つことも、争いも、いまは遠い出来事のようだ。

「……あんたは笑顔が似合うな」

「え?」

「あんたの笑顔には元気づけられる」

「やめてくださいよ、恥ずかしいなあもう」

照れたように笑う椿を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。 

この笑顔を守りたい――そう思った。
たとえこの先、どんな災厄が来ようとも。

「そろそろ屯所に戻る」

立ち上がると、椿もすぐに顔を上げた。

「また来てくれますか?」

昼の光が少し傾き、椿の瞳が金色に染まる。
その声には、わずかな不安が滲んでいた。

「あぁ、必ず来る」

迷いのない声で告げると、椿はほっと息をつき、笑みを浮かべた。

「お待ちしてます」

その笑顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。
ただの別れの挨拶なのに、なぜか最後のように感じてしまう。

戸を開けると、昼風が頬を撫でた。

炉の熱気と陽光が入り混じる中、
振り返れば椿が炉の火を見つめ、そっと手を合わせていた。

――どうか、今日と同じ明日が訪れますように。

その姿を目に焼きつけながら、
俺は静かに戸を閉めた。

外では、春の風がどこまでも穏やかに吹いていた。
まるで、嵐の前の静けさのように。
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