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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第3章 薄氷の恋【沖田総司】


しばらくして、奉行所の人間によって菫ちゃんの身体は運ばれていった。

そこに残ったのは、踏み荒らされた地面と、水に濡れた草の匂いだけだった。

まるで、最初から何もなかったみたいに。

僕は抜け殻のように家へ戻り、縁側に腰を下ろした。

一緒に見ようと約束した椿の花が、昨日と変わらない場所で静かに咲き続けている。

いつか、この痛みも忘れてしまうのだろうか。

そう思うと、それがひどく怖かった。

あんなにも大切だった存在を失っても、
朝は来て、息は続いて、
心は壊れきらないまま、ここに残ってしまう。

「……置いていかないでよ……」

小さく呟いた声は、風にさらわれて消えた。

返事はない。

当たり前だ。
もう、呼び止められる相手はいない。

僕は懐に手を入れ、菫ちゃんが縫い直してくれた布切れを指先でなぞる。

ほつれを見つけては、

「ここ、また直しておきますね」

そう言って、笑っていた。

——あの声は、もう聞こえない。

「……ごめん」

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

守れなかったこと。

一緒に死ねなかったこと。

それでも生きていること。

そのすべてが、罪みたいに胸に残る。

川の水も、椿の花も、変わらずそこにある。
昨日も、今日も、明日も。

彼女の命が、この流れの中で途切れたことなど、誰も覚えていないみたいに。

「……僕は……」

生きる理由はもう見つからない。
けれど、死ぬ理由も彼女は残してくれなかった。

——「そばにいます」

そう言った人が、僕を一人にしていった。

彼女のいない世界を、彼女の分まで背負って。

それが人を斬ってきた罰なのか、それとも最後に与えられた役目なのか、僕には分からない。

ただ一つ、確かなことがある。

もう、誰かのために生きることはできない。

それでも僕は、今日も息をしている。

川の流れのように、止まることなく。
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