第1章 火の粉【斎藤一】
それから数日後、椿の父は静かに息を引き取った。
町では噂が立ち、懇意にしていた武士たちは深い悲しみを表していた。
噂を聞きつけ、俺の足は自然と鍛冶屋へ向かっていた。
椿の顔を見なければ、落ち着かない。
戸を開けると、炉の前に立つ彼女が目に入った。
俺に気付くと、少しずつ表情に光が戻るのが分かる。
「斎藤さん、いつも来てくれてありがとう」
椿の声に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
この子のすべてを守れたら――そう願わずにはいられなかった。
火と煤、茶の香りに包まれた空間に、二人だけの時間が静かに流れる。
「今日もお疲れ様です」と椿は微かに笑った。
「お茶淹れますね」
「俺は……迷惑ではないだろうか」
「迷惑じゃないです!斎藤さんが来てくれないと寂しいです」
その言葉に、自然と口角が上がる。
火の揺らめきに照らされた頬は煤に汚れていても、淡く光を帯び、どこか儚げだった。
俺はしばし黙って茶を啜る。
香りと温もりが、心にじんわりと染み渡る。
だが、頭の片隅にはここ最近の不穏な影がちらつく。
長州藩士の動き、街のざわめき、戦の気配――
平穏は脆く、次の瞬間には崩れ去るかもしれない。
――その覚悟が、俺の胸を締めつける。
椿は湯呑みをそっと置き、目を上げた。
「斎藤さん、また明日も来てくれますか?」
その瞳には、わずかな不安と期待が混じっていた。
「もちろんだ」
俺は静かに手を差し伸べ、そっと肩に触れる。
椿は少し顔を赤らめ、俯いた。
この小さな炉の前で交わした、静かな約束。
外の世界の不穏さを一瞬だけ忘れさせる、かけがえのない時間だった。