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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第1章 火の粉【斎藤一】


椿は無理に明るか振る舞い、悲しみを隠しているのが分かった。

父を失うかもしれない不安を、誰にも見せまいとしているのが痛いほど伝わってきた。

胸の奥がじくりと熱を帯びる。

俺には、戦うことしかできない。
けれど、今目の前にいるこの娘の小さな肩を、どうしても支えてやりたかった。

どう声を掛けようか思案していると、椿が先に口を開いた。

「父さん、いつ戻れるか分からないんです」

「そんなに容態が悪いのか」

俺の言葉に椿は小さく頷いた。

「お医者様には……あまり長くないって」

声が震えていた。
俯いた肩が、かすかに揺れる。

その小さな背中に、胸の奥が締めつけられるようだった。

言葉が出ない。
何を言えばいいのか、全く分からなかった。

ただ、湯呑みをそっと置き、そっと彼女の頭に手を伸ばす。
煤の匂いが微かに香る髪。触れた指先に、どこか懐かしい感触が残る。

「斎藤さん……」

名を呼ぶ声が、火の音に吸い込まれるように溶けた。

その声の震えを感じ、自然と手に力が入る。
手の下で、椿がかすかに鼻を啜った。

「……無理はするな」

俺の声は低く、ぎこちなかった。
言葉は少なくとも、想いは確かに伝わると信じた。

椿は涙を拭い、目元を細めて、かすかに笑った。

炎がぱちりと弾け、彼女の頬を橙色に染める。
煤に汚れた横顔が、無垢で、儚く、どうしようもなく愛おしかった。

胸の奥で、何かが静かに芽吹く。

――この娘を守りたい。
この手で、何も奪わず、何も壊さず、ただ守りたい。

その思いが、何よりも深く、静かに燃えていた。

炎が二人の影を壁に揺らす。
煤と火の匂いに満ちたこの空間で、外の戦の喧騒も、京のざわめきも遠く感じられた。

二人だけの時間が、まるで永遠に続くかのように静かに流れる。

「斎藤さん、ありがとうございます。お優しいんですね」

椿の声に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

「何かあれば、頼ってくれていい」

「はい。ありがとうございます」

その短い言葉のやり取りを交わし、椿の頭から手を離す。

椿の小さな息遣い、指先の柔らかさ、わずかな震え。
すべてが、俺の心を強く打ちつけた。
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