第3章 薄氷の恋【沖田総司】
僕はゆっくりと立ち上がった。
足元はふらつき、壁に手をつかなければ歩けないほど体は弱っている。
それでも、じっとしていられるほど強くはなかった。
「……様子、見に行くか」
独り言のように呟いてみても、その声にはまるで自信がなかった。
千駄ヶ谷の外気は、思っていたより冷たく感じた。
一歩外へ出るだけで胸が痛む。
それでも、僕は表通りまで出た。
菫ちゃんが歩いていったであろう道を見つめる。
人影はない。
風だけが、乾いた土埃を巻き上げて通り過ぎていく。
僕は胸の奥をぎゅっと押さえた。
こんな違和感、ただの思い過ごしであってほしい。
彼女の笑い声が今にも聞こえてきてほしい。
「ただいま戻りました、総司さん。お待たせして——」
そんな声が聞こえる気がして、何度も振り返った。
けれど、何もない。
不安がじわじわと熱になり、悪寒へと変わっていく。
「……っ、は……」
咳が止まらず、膝が崩れそうになる。
堪えながら近所の商店へ向かって歩くが、呼吸が荒くて足が前に出ない。
店に辿り着くまで、ほんの数分の距離が果てしなく遠く感じた。
軒の下まで来ると、戸を引いて店主に声をかける。
「ねぇ……さっき……若い娘が、茶葉を買いに来なかった?」
店主は眉を上げ、首を傾げた。
「いいえ。今日は誰も来てませんよ」
その瞬間、胸の奥で何かがカチリと音を立てて外れる。
血の気がすっと引いていく。
僕は震える指で門口をつかみ、崩れ落ちないよう必死だった。
店主が心配そうに声を掛けてくるけれど、僕にはもうその声が遠くにしか聞こえなかった。
「……来てない?」
菫ちゃんは、家を出たまま戻っていない。
そして、茶葉を買いにも来ていない。
どこにも、いない。
胸の奥で、冷たい何かがゆっくりと広がっていく。
悪い予感どころじゃない——。
これはもう、警鐘だった。
嫌な汗が背中を伝う。
ただの迷子なわけがない。
菫ちゃんが、僕に嘘をつくはずがない。
「……何か、あったんだ」
言った瞬間、自分で自分の言葉に震えた。
だってそれは、認めたくない現実だったから。
「関係あるか分かりませんが……さっき近所の方がこの辺りで“怪しい侍が二人、女を連れて行くのを見た”と」
店主の言葉を聞いた瞬間、肺じゃない場所が痛んだ。