第3章 薄氷の恋【沖田総司】
次の日も晴れていた。
けれど、空の青さとは裏腹に、僕の胸の奥はずっと重かった。
朝から咳が止まらず、何度も喉の奥が焼けるように熱くなり、手拭いを口に当てれば、広がる赤。
見慣れたはずのその色が、今日はやけにくっきりと目に刺さる。
「総司さん……」
心配そうに背中をさする菫ちゃんの手は、驚くほど温かかった。
その温度に、胸の奥まで触れられてしまうようで、僕は思わず目を伏せた。
「そんなに近づくと移るよ」
自分でも情けないと思うくらい弱い声だった。
言いながら、彼女の手が離れていく気配を想像して、胸が少しだけ痛む。
けれど——
「構いません」
即答だった。
鋭いわけじゃない。ただ迷いのない声。
「……だから、ずっと側にいますよ」
赤い染みを見ても、眉一つ動かさない。
慣れたのだろうか。それとも、強がっているだけなのか。
「怖くないの?」
「怖くないです」
「僕が死ぬのは?」
その一言に、菫ちゃんの表情が変わった。
「……そんな悲しい事、言わないで」
彼女は微笑むでもなく、泣くでもなく、ただ真剣に僕を見つめた。
その瞳に映る僕は、きっと弱くて、情けなくて、それでも——。
彼女にとって必要な人間なのだと、初めて思えた。
「……ごめん、今日はあの花、見に行けそうにない」
「いいんですよ。また、明日がありますから」
そう言って、菫ちゃんは僕の頭を優しく撫でた。
「明日、外に出られたら……一緒に見ましょうね」
願いみたいな言葉。
祈りみたいな声。
僕は目を細めて、菫ちゃんの香りを吸い込んだ。
咳が込み上げる前の、ほんの一瞬の静けさ。
その短い安らぎを、永遠のように感じた。
「菫ちゃん、我儘言ってもいい?」
「なんですか?」
「菫ちゃんの淹れたお茶、飲みたいな」
僕がそう言うと、彼女はいつもみたいに嬉しそうに目を細めた。
けれど次の瞬間、ぽん、と手を打つ。
「あ。茶葉切らしてたので、買って来ますね」
「そんな……僕の為に?」
「総司さんが飲みたいって言ってくれたの、嬉しいですから」
本当にそう思っている顔だった。
その自然さに、胸がじんと痛む。
彼女は羽織を手に取り、小さく笑った。
「すぐ戻ります。急いで行ってきますから」
障子を開けて外へ出るその背中は、細いけれど、どこまでも強かった。