第3章 薄氷の恋【沖田総司】
「摘んで来ましょうか?お部屋に飾りますよ」
「いいよ。明日もきっと咲いてるから」
「明日も……一緒に、見ますか?」
その言い方がやけに慎重で、僕の心臓はほんの少し跳ねた。
「……君が嫌じゃなければ」
「嫌なわけないじゃないですか」
照れて目を逸らす彼女の横顔。
その頬が少し赤いのを、僕は見逃さなかった。
千駄ヶ谷の時間はゆっくりと流れていく。
咳が止まらない日もあれば、外に出られる日もある。
今日は珍しく身体が軽く、風を受けながら縁側に出られた。
それだけのことなのに、彼女はまるで喜びを分けるように、嬉しそうに笑った。
「菫ちゃん、番茶淹れてよ」
「はい。ぬるめのやつにしますね」
「熱くてもいいよ。たまには」
「えっ、珍しいですね。どういう風の吹き回しですか?」
「今日は……なんか、機嫌がいいんだ」
「じゃあ、特別に熱々に淹れます」
「火傷しないくらいにして」
くす、と小さく笑う彼女の声が、庭の空気に溶けた。
青い空の下、小さな笑い声が二つ、影のように散っていく。
彼女が台所へ向かう足音が遠ざかると、不意に胸が少し軋んだ。
この穏やかな午後が、いつまで続くのか分からない。
僕は病を抱え、彼女は看病をしてくれる優しい娘。
幸せは、指先で触れれば壊れてしまいそうだった。
だけど今だけは——。
湯を沸かす細い音が聞こえる、この平凡な瞬間に身を委ねていたかった。
ほどなくして、湯気の立つ湯呑が僕の前に置かれた。
「どうぞ。今日は特別に、いつもより丁寧に淹れました」
「へぇ、味に出るかな」
「出ますよ。心を込めましたから」
照れも戸惑いも混じった、真っ直ぐな言葉。
一口含んだ番茶は確かに熱く、そして驚くほど優しい味がした。
胸の奥で、何かが静かにほどけていく。
「……美味しい」
そう言うと、彼女は嬉しそうに息を弾ませた。
「良かった。明日も元気だといいですね」
「そうだね。あの花……明日も見られるかな」
「見られますよ。きっと」
彼女は微笑む。
その笑みは春の光より柔らかく、僕の弱った身体にすっと寄り添うようだった。
この日常がどれほど貴重だったのか。
まだ、何も知らなかった。
だけど僕は、この静かな幸福を、確かに胸の中で受け止めていた。
まるで明日も明後日も続くものだと信じるように。