• テキストサイズ

【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第1章 火の粉【斎藤一】


「斎藤さんの手、マメと傷だらけですね」

炉の火が、ぱちりと弾けた。
橙色の光が、俺の掌を照らす。そこに浮かぶ無数の古傷を、椿がじっと見つめていた。

その視線には、憐れみでも興味でもなく、ただ真っすぐな好奇心があった。

「戦う者の常だ」

淡々と返すと椿は小さく首を傾げ、ふっと笑った。

「でも、そういう手で刀を握ると……刀も安心する気がします。とても大事にされてるんでしょう?」

「……俺の命を預けているからな」

そう答えると、椿は「ほら、私も同じですよ」と言って掌を見せた。

まだ細く、華奢な手。
だがその手には、いくつも小さな火傷や傷跡が刻まれていた。
どれも新しく、痛みの名残を感じる。

――それでも、彼女は嬉しそうに笑った。

「私も最近、刀のこと、鍛冶のこと、父さんに教えてもらってるんです」

えへへ、と笑う椿。
火の明かりに照らされた横顔が、やけに眩しかった。

「やっぱり刀は、大事に長く使ってあげなきゃ可哀想ですからね。ちゃんと研いであげて、話しかけて……そしたら刀も安心します」

「刀に感情はないと思うが」

「いいんです。だって、斎藤さんが安心して任せられる刀じゃなきゃ、きっと刀も寂しいですよ」

そんな理屈の通らぬことを、なぜか否定できなかった。

椿のやわらかな声は、鉄と血の世界にあって――不意に心に届いた。
血の匂いに染まったこの身の、どこか冷たくなった部分を、彼女の言葉がふと解いていく。

刀を研ぐように、静かに、丁寧に。

「安心……か」

ぽつりと漏れた声を、椿は嬉しそうに拾った。

「そうですよ。これからも大事にしてあげてくださいね」

研ぎ上がった刀を受け取り、引き戸に手をかける。
背後で火が小さく弾ける音がした。振り返ると、椿が炉の前で手を振っている。

掌にこびりついた煤が、夕陽に照らされて、ささやかにきらめいた。

その光景を見たとき、理由もなく、ただ思った。
――また来よう。

理由などいらなかった。
そう思う自分に、少しばかり驚いたほどだ。
/ 36ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp