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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第1章 火の粉【斎藤一】


京の町は、いつも忙しない。
行商人の声、草履の音、子どもの笑い声。
それらが入り混じり、まるで町全体がひとつの生き物のように脈打っている。

――その喧騒の中で、俺が心穏やかでいられる場所は、ひとつだけだった。

行きつけの刀鍛冶屋。
火と鉄の音だけが響く、静かな空間だ。

引き戸を開けると、熱気と金属の匂いが押し寄せてくる。
焼けた鋼が火を吐き、赤い閃光が闇を裂く。

その中で、いつもの声が弾んだ。

「斎藤さん!また来てくれたんですね」

火の粉の向こうから、小柄な少女が姿を現す。
白い頬に煤がついているのに、それが妙に似合っている。

鍛冶屋の娘――椿。

十六になるかならぬか。まだ幼さの残るあどけない顔だ。

「研ぎを頼みたい」

短く告げると、彼女はふわりと笑った。
その笑みを見るたび、胸の奥の何かが、静かにほどけていくのを感じる。

「はい、父さんに渡して来ますね。……あ、いつものお茶、淹れます。座って待っててください」

「俺に構わなくていい」

「そんなこと言わずにほら!座ってください!父さーん、斎藤さんの刀お願いします」

俺が断っても、必ず湯を沸かす。
それがもう、当たり前のやり取りになっていた。

炉の脇に腰を下ろし、椿の淹れた茶を受け取る。
湯気が顔を撫で、鉄を打つ音が一定の間隔で胸に落ちる。

俺は言葉少なに茶を啜った。

「今日は何をしてたんですか?」

椿の問いかけは、いつも唐突でどこか子どもらしい。
だが、それが嫌ではなかった。

「隊士たちに稽古をつけていた」

「斎藤さんの稽古って、厳しそう」

ふふふ、と笑う椿に、思わず口元が緩む。

「斎藤さんのお陰で京の平和があるんだろうなあ」

無邪気な椿の言葉に、胸が詰まる。
平和の裏にどれほどの屍が積み重なっているか、誰が思い知るだろうか。

「……どうだろうな」

茶の苦味が、舌の奥に残った。

この手で、どれだけの血を斬ってきたか。
戦うことに理由を求めるのを、いつやめたのだろう。
守るために鍛えた刀が、いつの間にか“奪うため”のものになっていた。

そんな考えを巡らせていると、椿が俺の手をじっと見ていた。
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