第3章 薄氷の恋【沖田総司】
しばらくして、ふわりと米の甘い匂いが漂ってきた。
素朴でやわらかい匂い。
障子がまた小さく開いて、湯気をまとったお盆がそっと差し入れられた。
「できましたよ。熱いので気をつけてくださいね」
彼女は僕の枕元に膝をつき、お盆を丁寧に置いた。
湯気の向こうで、薄い塩の香りと出汁の香りがまざり合っている。
「……あれ、意外と、いい匂いするじゃん」
「“意外と”は余計です」
頬をふくらませながらも、匙を手渡す仕草はやさしい。
「ネギ、抜いた?」
「しつこいですね。抜きました」
「ほんとに?ほら、君ってさ、健康にいいと思ったらなんでも入れようとする癖あるし」
「そんなに信用ないんですか、私」
「ないとは言ってないけど……まあ、半分くらい?」
「半分もないんですか?」
膨れた頬がまたかわいくて、思わず笑ってしまう。
その笑いにつられたのか、菫ちゃんも肩をすくめて小さく笑った。
「食べてみてください。味、ちゃんとつけましたから」
口に運ぶ。
熱い。けれどやさしい。
出汁の香りがふわりと広がって、舌の上でほぐれていく。
「あ……美味しいね」
思わず漏れた声に、菫ちゃんの目が少しだけ丸くなった。
「本当に?薄くないですか?」
「いや、薄いんだけど、なんか……落ち着く味」
「落ち着く味……?それ、褒めてます?」
「褒めてるよ」
言ってから、胸が少しだけ熱くなった。
菫ちゃんは微笑んだ。
「早く治してください。治らないと……困りますから」
「困る?」
「……色々、です」
その“色々”の中身が気になって、ほんの少し体を起こそうとした瞬間、強い痛みが胸を突いた。
苦しげな息を聞いて、菫ちゃんが慌てて肩に手を置く。
「動かないで。ほら、横になって」
「……ごめん」
「謝らなくていいです。むしろ、もっと頼ってください」
「頼りすぎて嫌にならない?」
「嫌になりませんよ。私は……総司さんのそばにいたいって、思ってるんですから」
静かな朝の空気が、その言葉を丁寧に包むように広がった。
菫ちゃんはお盆を整えながら、ふとこちらを見た。
「……食べ終わったら薬、飲みましょうね」
「はい」
「あら、珍しく素直ですね」
菫ちゃんの声は、どこまでもやさしかった。