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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第3章 薄氷の恋【沖田総司】


千駄ヶ谷の朝は早い。

まだ街が眠りの底に沈んでいる頃、外は薄青い光に溶け始めて、静かに夜と朝の境い目が揺れている。

その静けさを破るみたいに、僕の咳がこぼれた。

喉の奥が焼けているみたいに熱くて、胸の中では、細い針が暴れているような鋭い痛みが走る。

咳の余韻が残る薄闇の中、障子の向こうでそっと布の擦れる気配がした。

あの控えめで、でも毎朝決まって聞こえてくる音。

「……総司さん、大丈夫ですか?」

菫ちゃんの声は、夜の残り香みたいに静かでやわらかい。

「僕の咳、うるさかったでしょ。ごめんね」

「いえ。総司さんの咳の音は、慣れました」

「慣れられるのも、なんか嫌だな」

「じゃあ、慣れません」

その即答に、思わず吹き出してしまう。 

笑った拍子に胸が痛んで、また顔をしかめると、菫ちゃんは心配そうに眉を寄せた。

「今日は熱がありそうですね。お粥、作りますね」

「……また?味がしないんだよ、あれ」

「味はつけます」

「どうせ薄いでしょ。僕が死なないようにって」

「はい。死なないように作るので、安心して食べてください」

少しむきになって言い返しても、菫ちゃんはいつもこんな風にやさしく包んでくる。

「ネギは抜きにしてよね」

「全く、総司さんは要望が多いですね」

「ネギ入れたら食べないからね」

「はいはい、子どもみたいですね」

「うるさい」

ぷいと横を向いた僕を見て、菫ちゃんはくすりと笑った。

その笑いが、朝の淡い光と混ざって、部屋の空気をほんの少しあたためた。

障子を閉めにかかりながら、彼女がふっと振り返る。

「……でも、そうやって文句が言えるくらい元気なら安心です。お粥、少し待っててくださいね」

その言葉が胸の痛みより先に、じんわりと胸に落ちてくる。

弱っているはずなのに、こんな朝はなぜか少しだけ息がしやすい。

菫ちゃんの足音が遠ざかる。
僕は布団の中で再びゆっくり目を閉じた。
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