第3章 薄氷の恋【沖田総司】
菫ちゃんの指が頬に触れたまま、僕はしばらく動けなかった。
その手は温かくて、まるで「まだ生きていていい」と肯定してくれるみたいで苦しかった。
「……そんな顔、しないでください」
菫ちゃんが、微かに眉を下げる。
「顔って?」
「生きるのを諦めている人の顔です」
胸の奥がぎゅっと縮んだ。
まさか、自分がそんな表情をしているなんて思わなかった。
でも彼女は、見抜いてしまう。
「総司さんは、誰よりも強くて……誰よりも優しい」
「僕が、優しい?」
くす、と喉で笑った途端、また咳が込み上げて肩が震えた。
菫ちゃんは慣れた手つきで背をさすってくれる。
「優しいですよ。私、知ってます。不器用だけど本当はとても温かい人だって」
「……そんなもの、もう残ってないよ」
僕は俯き、手を握りしめた。
「剣が握れない僕に、何が残るって言うんだ」
沈黙が落ちる。
庭で風が揺らした笹の音だけが、かすかに聞こえていた。
やがて、菫ちゃんが静かに言った。
「私が見ているのは、剣を握る総司さんじゃありません。剣を握れない今の総司さんです」
その声はあまりに優しくて、胸の弱いところをまっすぐ指で触れられたように痛かった。
「……どうして僕なんかに、そんなふうに……」
問いは途中で、喉の奥に飲み込まれた。
菫ちゃんは俯き、指先を膝の上でそっと握りしめる。
「理由なんて、いるんですか?」
僕は、言葉を失った。
彼女の想いは、弱った僕の胸にそっと触れるたび、怖いほど柔らかく、そして温かかった。
甘えてしまえば、きっと救われてしまう。
でも……それは許されない気がした。
守るどころか、彼女に縋る自分が、どうしようもなく弱かった。
「……ねえ、菫ちゃん」
「はい?」
「君がいなかったら、僕……もうとっくに折れてる」
菫ちゃんは目を瞬いたあと、少しだけ頬を赤くした。
「総司さん。薬、飲みましょう」
「今いいところだったのに」
「飲んでくれたら続きを聞きます」
「ひどい脅しだね」
「脅しじゃありません。お願いです」
しばらく見つめ合い、僕は根負けしたように小さくため息をついた。
湯呑を取って、一気に薬を飲み干す。
苦味が舌に広がり、肺が軋んだ。
「……はい。飲みました」
「偉いです」
菫ちゃんの笑顔は、胸の奥をそっと撫でるみたいに優しかった。
