第2章 宵の華【土方歳三】
翌日、曇天の昼下がり。
島原から俺宛に文が届いた。
いつもの呼び込みかと思いきや、違った。
封の端に滲んだ墨、震える筆跡。嫌な予感がした。
文を開いた瞬間、指先が止まった。
「楓が毒を飲み、息を引き取りました」
それだけが、乱れた文字で綴られていた。
差出人は、あの店の女将だった。
一瞬、何かの冗談だと思った。
だが、墨のにじみが、涙で滲んだものだと気づいた時、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
気がつけば、足が勝手に動いていた。
島原の通りは昼だというのに薄暗く、人影もまばらだった。
軒先の提灯が風に揺れ、赤い灯りが滲んでいる。
あの夜と同じ匂い――酒と香の混じる甘い匂いが、胸を刺した。
店に着くと、女将が沈んだ顔で迎えた。
「土方様、ご足労いただきありがとうございます。」
「楓は?」
女将は、唇を噛みしめながら首を振った。
「……奥で、静かに眠っておられます」
その声には、もう涙が混じっていた。
俺は何も言わず、靴音を忍ばせて座敷の奥へ進む。
畳の香りが、やけに濃く鼻をついた。
障子の向こう、白い布のかけられた姿があった。
楓は、そこにいた。
顔には苦悶の跡ひとつなく、まるで眠っているようだった。
唇の端には、かすかに紅が残っている。
「……馬鹿な女だ」
声が震えた。
「なんで、こんな……」
誰に言うでもなく呟いたその声は、空気に吸い込まれていった。
女将が静かに口を開いた。
「長州の者たちが押しかけてきて……。土方様とのことを聞かれても、楓は何も言いませんでした。そのうち店に嫌がらせしてきて、“もうこれ以上、誰にも迷惑はかけられない”って、それだけを……」
胸の奥に、刃を突き立てられたようだった。
手を伸ばし、布の上からそっとその手を握る。
冷たい。
けれど、その指先に確かに生きた温もりを知っている。
「……すまなかった」
それ以上の言葉は出てこなかった。
謝罪も弁解も、何もかも薄っぺらく思えた。
ふと、枕元に小さな紙片が置かれているのに気づいた。
折り目のついたその文を、震える手で開く。
“土方様
あなたとお話しした夜を、何度も思い出しました。
そのたびに、胸が温かくなりました。
最後に会いに来てくれてありがとう。”
文字はかすれ、ところどころ涙の跡が滲んでいた。
文を握る手の震えが止まらなかった。
