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【薄桜鬼】君を忘れない【短編集】

第2章 宵の華【土方歳三】


「そんな場所に、何が残るんですか」

楓の声は小さかったが、真っ直ぐだった。

その問いが胸の奥に刺さる。
戦で散った者の顔が、ふいに脳裏をかすめた。

斬り合いの果てに残るのは、血の匂いと虚しさだけだ。

「……何も残らねぇよ。失うだけだ。だから、酒が苦ぇ」

そう答えながら、自分でも驚くほど、声が低く掠れていた。

楓はわずかに目を伏せる。
行灯の灯が、その睫毛の影を長く落とした。

「不毛ですね」

その静けさに、俺は不意に息を詰めた。

やがて、酒が尽きた。
楓が立ち上がり、膝をそろえて頭を下げる。

「そろそろ、片付けに戻ります」

「ああ」

言いながらも、名残惜しさが喉の奥に残った。

障子の隙間から、夜風がすべり込んでくる。
楓が去ろうとしたとき、思わず声が出た。

「……明日も、ここにいるのか」

その背中がぴたりと止まる。
振り返った横顔が、灯の光を受けて淡く照らされる。

どこか、さっきよりも柔らかい表情をしていた。

「ええ。毎晩おります」

「なら、また来る」

楓は少し間を置いて、唇の端をほんのわずかに上げた。

「……お好きにどうぞ」

言葉はそっけない。
けれど、その笑みは確かに、心のどこかの氷を溶かすようだった。

彼女が去ると、座敷に再び静寂が落ちた。
盃の底に残る酒が、灯を反射して揺らめいている。

それをぼんやりと見つめながら、ふと考えた。

――人を斬る手で、人を癒すことはできない。

それは、幾度も自分に言い聞かせてきた理屈だった。
だが、さっきの彼女の声が、まだ耳に残っている。

どうしてか、その響きだけは忘れられなかった。

月が高く昇り、淡く光る。
遠くで、誰かが三味線を弾いている。
音は細く、すぐに闇に吸い込まれていった。

「……まったく、柄じゃねぇな」

苦笑して、盃を伏せた。
冷めた酒の香りが、ふと甘く感じられた。

それが酔いのせいか、あの娘の笑みのせいか、自分でも分からなかった。
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