第3章 反逆の刃を空にかざす
(まだ、作戦失敗ではない。少なからず私はそう思う)
私は自分を奮い立たせる。
焦燥が指先を震わせるが、声にはならない。
希望を灯すために、まだ小さな火を守らなければならない。
ここまで期待させておいて、出来ないは酷いんじゃないか?
しかし現実は容赦なく、重い。
(なぁ、エレン)
私の問いかけは風の中に溶け、巨人の胸の鼓動と共鳴する。
目の前の光景は非現実的で、だがその裏に潜むのはあまりにも生々しい恐怖と、冷たい希望だった。
私は深く息を吸い、次に取るべき一手を探しながら、エレンの動きを凝視する。
「エレン、あなたは人間!あなたは…!」
ミカサの声が割れる。
必死さが震えとなって言葉を引き裂き、周囲の空気を引き締める。
諦めずにエレンの自我を戻そうと躍起になっているミカサ。
だが、その声は巨人と化したエレンの胸奥には届かないように見える。
彼の瞳は遠く、像の輪郭がどこかぼやけていた。
しかし、そんな彼女の声も聞こえていないのか、再びエレン自身の拳を殴る様に上へ上げていく。
拳の軌跡が空気を切り裂き、周囲の砂塵が舞い上がる。
巨体の動きに伴う衝撃は、心臓の鼓動を不規則にして人々の手を冷たくさせた。
「ミカサ、避けて!」
私の声が喉から飛び出す。
命令というより叫びで、体の芯から出た本能の叫びだ。
「避けろ!アッカーマン!」
誰かが短く、鋭く叫ぶ。声は戦場の合図となり、身体が反応する。
エレンに夢中になっていたミカサは、私たちの焦っている声が聞こえ、慌ててエレンから飛び退く。
彼女の動きは反射的で、砂利を蹴る足が震える。
避けた瞬間の表情には震えと安堵が混ざっている。
そしてエレンは、先ほどミカサがいた場所に自分の拳で強烈なパンチを放った。
拳が地面を打ち、衝撃波が脳裏を揺らす。
瓦礫が跳ね、空気が裂ける。
そしてそのまま、エレンは力尽きたかのようにバタンと地面に座り込んでしまった。
急速に萎むように見えるその姿は、人のようで人ならざるものの残骸をさらけ出す。
周囲に静かな、しかし不穏な余韻が残る。