第3章 反逆の刃を空にかざす
それはまるで、自我のないただの巨人に見えた。
目に宿るのは光だけで、言葉を受け取る器官はどこにも見当たらない。
ミカサは怪我をしないように、両手で守る様に頭を覆った。
彼女の呼吸が速くなるのが分かる。
わずかな汗が首筋を伝い、鋭い息づかいが唇を震わせる。
エレンが拳を振り上げた際に当たった瓦礫たちが、激しい音をたてながら宙へ浮く。
そして、飛んできた瓦礫の破片がミカサの頬を傷付け、背中から壁に激突した。
赤い線が頬を染め、彼女の身体が一瞬宙を切り取られたように見える。
「ミカサ!…ッ」
声が喉から詰まり、私の体も反射で動く。
ミカサの近くにいた私にも破片が飛んできて、怪我をしないように一旦その場から急いで離れる。
地面の衝撃が足裏に伝わり、砂利が跳ねる。
心臓の音が耳に満ちる。
再びミカサの方を見ると、彼女は巨人化したエレンに近づこうとしていた。
その姿には恐怖と決意が混ざり、見る者の胸を締め付ける。
それを見た私は驚く。
理性が瞬時に追いつかない衝動に、胸が震える。
再びエレンはミカサに向けて腕を振り上げるが、ミカサはそれを軽々と避ける。
彼女の動きは無駄がなく、筋肉の張りが美しい。
空気を斬る軌跡だけが残る。
そして、エレンの鼻の上に乗る。
あり得ないスケールの身体に、あり得ないほどの距離で身体接触が起こる。
ミカサの声が風を切った。
「エレン、私が分からないの?!私はミカサ!あなたの、家族!あなたはあの岩で穴を塞がなければならない!」
その様子を見ていたリコに対して、私はジェスチャーで煙弾を打つしぐさをする。
手の動きが小さく、だが確かな合図だ。
私の意図が分かったリコは慌てて、煙弾を打つ。
彼女の動作は迅速で正確、緊張が鋭く整列する。
それは、作戦失敗。
胸の中で冷たい石が落ちるような音がした。
(分かっていた、簡単に行かないことぐらい)
私は心の中で呟く。
あまりに現実的で、希望を疑うような声が自分に返ってくる。
こんなにも多くのことが絡み合って、容易くは解けない。
そんなに上手く事が進むのであれば、人類はここまで巨人に屈していないはずだからだ。
既に、ここにいる精鋭班は諦めているだろう。
私と、ミカサ以外。