第3章 反逆の刃を空にかざす
リコは立ち止まり、ある物を上に向けて構え、片耳を塞ぐ。
打たれたのは、緑の煙弾。
それは、司令に送る精鋭班の作戦開始の合図だった。
リコの指先から放たれた小さな火花が空気を切り、煙が淡く渦を作る。
街の空は一瞬色を変え、緊張が音になって広がっていく。
これまで人類が奪われてきた物に比べれば、今回の出来事は例えようも無く小さな物かも知れない。
しかしその1歩は、私たち人類にとっての大きな進撃になる。
胸の奥で何かが震える。
希望と恐怖が一緒になって喉をつまらせる。
エレンは私たちよりも前に出て、立体機動を操る。
ワイヤーの金属音、ガスの吐息が彼の周りで短く鳴る。
彼の背後で風がうなり、瓦礫の匂いと焦げた空気が混ざる。
そして例の大きな岩の近くへ行くと、エレンは手を噛んだ。
唇が白くなるほど噛む、そこにある決意と不安。
すると、眩しい光が辺りを包む。
光は瞬時に空気を裂き、耳鳴りと共に世界の輪郭をぼやけさせた。
肌に残る熱と金属を噛むような匂いが、現実をねじ曲げる。
巨人になったエレンは、大きな雄叫びを上げながら自らの存在を証明した。
叫びは地面にへばりつき、瓦礫が震え、空気が裂けるように響いた。
その姿は人の形を残しつつも、人間の比ではない不均衡さを孕んでいる。
「人間の比率で考えれば、あの岩を持ち上げられるとは思いません…きっとエレンには私達を導く力があると思います」
「そうだな」
巨人化したエレンを少し離れた所から見ながら会話をする。
言葉は震えを伴わず、しかし耳に重く落ちる。
しかし、よく見てみるとエレンの様子がおかしい。
瞳の奥の焦点が薄れて、表情の輪郭が崩れかかっている。
彼の体は大岩ではなく、ミカサの方を向いた。
それは、まるで…
「エレン…?」
声がひそやかに割れる。
「ッッ避けろ!」
ミカサのいた所にエレンは拳を振り上げた。
拳の動きに理性の余地はなく、鋼のような意思だけが突き出てくる。
振り上げられた腕は、あらゆる計算を超えた暴力そのものだ。