第2章 絶望の果てに灯るもの
グレースは三角巾を外し、左腕の包帯をゆっくりと解いた。
白い布の隙間から覗いた肌は、先程までの青紫色が嘘のように、血の気を取り戻している。
(……もう、こんなに)
新兵が泣くほどの重傷だった右腕も、今では何事もなかったように元通りだ。
触れると、少しだけ冷たい。
それが生きている証拠なのかどうか、自分でも分からない。
(私の怪我は、どんなに酷くても暫くすれば元通りになる。
だから……)
「そんなに心配しなくてもいいのに…」
誰に向けたとも知れぬ呟きが、空気に溶けて消える。
再生する体。
それは確かに便利で、戦場では頼もしい。
けれど時々、グレースは思うのだ。
――本当に“治っている”のは体だけで、心は置き去りのままなのではないか、と。
包帯を巻き直しながら、彼女は息を整えた。
その瞬間、コンコン、と扉を叩く音が響いた。
思考が一瞬止まる。
この時間に訪ねてくる者など、限られている。
「……だれ?」
「俺だ」
その低い声に、グレースの瞳がわずかに揺れる。
耳が、その声を記憶の奥から引き戻した。
彼女はほんの少し間を置いて、穏やかな調子で返した。
「どうぞ」
扉の向こうの気配が動く。
軋む音とともに、空気が一変する。
グレースの胸の奥で、何かが静かに跳ねた。