第2章 絶望の果てに灯るもの
包帯の端を留めた頃には、外の空が少しずつ暮れ色を帯びていた。
医療班の女性に言われた言葉が、まだ耳の奥に残っている。
『いいですか、戦場で頼りになる人ほど、自分の体を労らない傾向があります。今日の損耗は、明日の壊滅に繋がる。勘弁してくださいね』
(……分かってる、分かってるけど)
そう心の中で答えながら、廊下をゆっくり歩く。
壁にかかる灯が淡く瞬き、消毒液と乾いた血の匂いが漂っている。
一歩進むごとに、靴音が静寂に吸い込まれていった。
自室の扉の前に立つと、深く息を吐く。
静かに取っ手を握り、軋む音を立てて扉を押し開けた。
中はいつも通り、ほんの少しだけ乱れている。
シーツには浅い皺が寄り、枕は端に転がり、机の上のカップには紅茶の名残が沈んでいた。
散らかった紙束と開きかけの地図が視界の端に入り、“またリヴァイに怒られるな”と苦笑がこぼれる。
壁際には、彼女が拾い集めてきた書物が詰め込まれた本棚がある。
けれど半分以上の本は、机の上に積み重なり、今にも崩れそうな塔を作っていた。
誰もいない部屋に足音を響かせ、グレースは椅子に腰を下ろした。
――静寂。
戦場の喧騒も、叫びも、血の匂いも、ここにはない。
なのに、心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
医療班の女性の声が、ふと脳裏をかすめる。
(あの人、入団の頃からずっと医療班にいるんだったな……)
自分の無茶を何度も叱ってきた、少し怖くて、少し優しい人。
だからこそ、あの言葉には重みがあった。