第3章 反逆の刃を空にかざす
「よし、分かった。そこを踏まえて練り直そう」
その言葉にアルミンは少し肩の力を抜いた。
だが、安堵の息と同時に、彼の顔には新たな影が差した。
「この作戦は、エレンが確実に岩を運んで穴を塞ぐ事が前提です。その確証が乏しいまま作戦を決行することには、やはり疑問を感じるのですが…」
その一言で、空気が再び重くなる。
私も同じ考えだった。
エレンが初めて巨人化したとき、意識はなかった。
あの不安定な状態で、思い通りに体を動かせるとは思えない。
「不確かなまま大勢を死地に向かわせる事に、何も感じない訳では無いが…ピクシス司令の考えも理解出来る」
「ええ、一つは時間の問題ね」
隣にいた兵士が静かに言葉を継ぐ。
そう、そこが重要だ。
私はさっきアルミンとミカサに言った通り、時間はあまりない。
今も巨人は街に入り続けている。
街に巨人が充満すれば、奪還作戦の成功率は絶望的になる。
「それに加えてウォール・ローゼが突破される確率も高くなっていくな」
参謀の一人が地図を指差しながら低く呟いた。
“それともう一つ”──その声はまるで心の奥を刺すようだった。
「人が恐怖を原動力にして進むには、限界があるわ」
言葉が落ちた直後、兵士達の叫び声が響いてきた。
胸の奥がざわつく。
今、エレンと司令は兵士たちに作戦を伝えているはずだ。
だが、その反応は予想通りだった。
「嘘だ!そんな訳の分からない理由で命を預けてたまるか!俺達をなんだと思ってるんだ?!俺達は使い捨ての刃じゃないぞ!」
怒りと恐怖が混ざった叫びが、響いてくる。
その声には、生きたいという人間の本能が剥き出しになっていた。
「まずい…もう皆戦う気力がないみたいだッ」
焦った様子のアルミンが立ち上がる。
「大丈夫、司令が何とかするはずだ」
私は静かに言った。
だが、その胸の奥で、何かが軋む音がした。
恐怖に呑まれた群衆をまとめ上げることが、どれほど難しいことか。
──それを知っているからこそ、私は祈るような気持ちで司令の声を待っていた。