第3章 反逆の刃を空にかざす
もし、過去エレンが一度も巨人化したことがないというのなら、まだ身体は慣れていない。
私の頭の中で、瓦礫と叫び声が交互にうずまく。
視界の端に見えるのは、砕けた門の影と、群がる巨人たちの黒いシルエット。
その一体一体が、歩く脅威として待ち構えている光景が、
冷たい現実として迫る。
その状態でシガンシナまで行くのはあまりにも危険すぎる。
それに、さっき巨人化したエレンに対して、
他の巨人は共喰い行動をしていた。
皮膚が粟立つ。
あの時の、巨人同士が互いの首筋に群がる音が、耳に残っている。
ここから導き出されることは一つ。
無垢の巨人は、巨人化したエレンのことを、人間と同じようなものだと思っている。
いわば、敵。
言葉にするだけで、喉元がざらつくような嫌な確信だ。
シガンシナまで行くのに、一体どれだけの巨人に遭遇することだろう。
会うたびにまだ慣れていない体で処理して、また目的地に向かって走る。
それを、ずっとただ一人で。
胸の奥で、冷たいものが固まる。
想像するだけで、体力の残量が音を立てて減っていくようだ。
「ですが、俺を庇ったりなんかしなければ副兵士長たちは命までは奪われません!もう既に迷惑かけてしまったんですけど…」
必死さが混ざった声。エレンの言葉が震えて聞こえる。
彼の頬にはまだ乾かぬ血の跡が残り、目は鋭く光る。
責任感と後悔が同居した表情だ。
「命が奪われるかどうかは置いておいて。少なからず、私は迷惑だなんて思っていない。君たちもそうだろう?」
私は静かに、しかし確信をこめて言う。
言葉は冷たいが、その奥には揺るがぬ決意がある。
自分が誰かにとっての重荷だなんて、微塵も思っていない。
静かに聞いていたミカサとアルミンの方に顔を向ける。
二人の瞳を一瞬見渡すと、頷きが返ってきた。
その頷きに、少しだけ胸の内が温かくなる。
「私はエレンが何をしようとも着いていく!」
ミカサの言葉は短く、刃のように真っ直ぐだった。