第3章 反逆の刃を空にかざす
「普通の人間は、そんな簡単に怪我を治すことなんて出来ない。
ましてや、失った部位を再び再生させることなんて」
自分の掌を見る。
薄い傷跡が、光を反射して消えていく。
——私みたいな、特殊な体じゃない限り。
「もう一度問う! 貴様の正体はなんだ!」
キッツの声が空気を裂いた。
乾いた風が頬を叩く。緊張で全員の呼吸が浅くなる。
エレンはクッと歯を食いしばり、目を伏せた。
どう答えればいいのか、迷っている。
ほんの少しでも言葉を間違えれば、死ぬのは彼だけじゃない。
——私も、アルミンも、ミカサも。
エレンの喉が震え、そして叫ぶように答えた。
「……ッ人間です!」
その声は、凍りついた空気を一瞬で震わせた。
誰も動かない。
ただ、心臓の音だけが耳の奥で響く。
「そうか……悪く思うな……」
キッツの目が細められる。
その静けさが、かえって恐ろしかった。
彼の手が、ゆっくりと、上へと上がる。
(まさか……ッ)
「仕方の無いことだ。誰も自分が悪魔じゃない事を証明出来ないのだから」
手が振り上げられた瞬間、空気が震えた。
砲弾の装填音が耳を打つ。
(撃つ気だ……!)
思考が、時間を追い越す。
私とミカサは同時に動いた。
「エレン! アルミン! 上に逃げる!」
「止せ!」
「私の後ろに隠れろ!」
風が渦を巻く。
石畳の上に影が重なる。
私の身体は、勝手に前へ出ていた。
小さな背中じゃ、誰も守れないかもしれない。
それでも——私ならすぐに治る。
もし死ぬとしても、それで守れるなら本望だ。
怖くないわけじゃない。
胸の奥で心臓が暴れ、喉が焼けるほど乾いている。
でも、もう選んでしまった。
砲弾が、唸りを上げて迫ってくる。
ミカサがエレンを抱えようとするのを、手で制した。
その瞬間、エレンの服の中から、銀色の鍵がカランと音を立てて転がり出た。
私は気づくことなく、ただ砲弾の軌跡を睨みつけた。
——彼が、人類を救う一歩になるというのなら。
たとえこの命が砕けても、私は構わない。