第2章 絶望の果てに灯るもの
医療班の女性はため息混じりに腕を動かす。
素早く、しかし丁寧に骨の位置を確かめ、ずれた骨節を慎重に戻していく。
その手つきは、かつて自分も血と泥にまみれた場所で何度も繰り返した教本のような所作だ。
「…それで、今回はどうしてこのような怪我を?」
声の主は、やわらかくも厳しい声色で、相手を責めるでも慰めるでもなく、状況を確かめる。
医療室の片隅では、別の兵士が包帯を切る音がリズムを作る。
「彼女が巨人に吹き飛ばされた時に庇って、近くの建物にぶつかって怪我した」
応えたのは、美しい容姿をもつ女性。
事情を聞くと、女性の目がわずかに曇る。
「またですか…」
その一言に、周囲の空気がやや重くなる。
ため息と共に、医療班女性は顔を曇らせた。
「彼女は怪我をせずに済んだのだから良いだろう。
これから調査兵団の戦力となっていく新兵を、ここで怪我をさせる訳にはいかない」
言葉の端には、淡い苛立ちと深い慈しみが混ざっていた。
誰も彼女の自己犠牲を咎めているのではない
——むしろ、その背負いを一刻も早く下ろしてほしいと願っているのだ。
医療班女性は、小さな声で続ける。
手は止めず、包帯を滑らかに巻き上げる。
「貴方も調査兵団の主戦力の一人、怪我をしたら困りますよ。
いい加減その自己犠牲、どうにかして下さい」
その言葉に、周囲の何人かが肩をすくめて苦笑する。
だが、誰もがわかっている
——その自己犠牲の根は深く、簡単には抜けないことを。
彼女は最後に道具を磨くように器具を拭きながら、声を落とした。
「なぜなら、貴方はこの調査兵団副兵士長、グレース・ヘルズなのですから」
その宣告には、責務と期待と、言い尽くせぬ重みが含まれていた。
空気が一瞬、固まる。
副兵士長の名は、若い兵士たちにとっては希望であり、時に過剰なまでの自己犠牲を引き出す存在でもある。