第8章 御陵衛士
物陰で息を潜める。
夜気が冷たく、吐く息が白く揺れた。
霧島は手のひらに汗が滲むのを感じながら、刀の柄を固く握る。
耳の奥で心臓がうるさく鳴り、時折遠くで風が草を揺らす音が、やけに大きく響いた。
そのとき、鼻歌が近づいてきた。
「〜〜♪♪」
頬を赤らめ、機嫌良く歩いてくる伊東の姿が、闇の向こうに現れる。
ふらつく足取り、紅潮した上機嫌な表情──存分に酒をあおったのだろう。
着物の裾を少し踏みそうになりながらも、彼は笑みを浮かべて空を仰ぎ、楽しげに呟いた。
「ああ、いい夜だわ……」
この男が、今から骸と化す。
その残酷な未来を知っているのは、この闇に潜む三人だけだった。
永倉が低く合図する。
「……行くぞ」
三人は息を合わせ、物陰から飛び出した。
「伊東——覚悟ッ!!」
永倉の声と同時に、原田が先陣を切った。
槍が風を裂き、伊東の背を容赦なく貫く。
肉を裂く鈍い音と共に、鮮血が夜道に飛び散った。
「な……っ!!」
驚愕と恐怖に見開かれた伊東の目。
その瞬間にはもう、永倉が胴を薙ぎ、霧島が渾身の力で首を斬り落としていた。
骨を断つ感触が腕に伝わる。
温かな血が頬に飛び、視界が赤く染まった。
次の瞬間には、伊東の体は力なく崩れ、胴と首が別々に道に転がった。
その光景を、霧島は呆然と見下ろしていた。
(……斬った……私がこの男を……)
全身が震えていた。
刀を握る手が勝手に痙攣する。
肉と骨を割る感覚が、まだ指先に残って離れない。
「おい、霧島!」
原田の声が飛んだ。
彼は霧島の首根っこを乱暴に掴み、強引に物陰へ引き戻した。
「ボサッとするな!ここからが本番だぞ!」
霧島はようやく我に返る。
耳の奥で、まだ血の音が波打つように響いていた。
(……終わりじゃない。ここから、御陵衛士が来る)
刀を握り直し、霧島は深く息を吸った。
震える膝を叱咤しながら、次に来る戦いへと備える。