第8章 御陵衛士
作戦決行の夜。屯所の空気は、まるで濃墨を流し込んだように重苦しかった。
どこからともなく聞こえる咳払いすら耳に刺さるほど、静まり返っている。
霧島は縁側に腰を下ろし、月のない闇を仰いだ。
吐き出す息が白く濁り、手のひらにはじっとりと汗がにじむ。
三番隊の隊士たちは今夜屯所に残る。
作戦に参加するのは、霧島、永倉、原田の三名のみ。
本隊には、ただ「警戒を怠るな」とだけ告げておいた。
(俺がいない間、何かあれば……)
胸の奥がざわめく。
だが、三番隊士に不安を悟らせるわけにはいかない。
──斎藤さん、どうかご無事で。
──俺は、俺の役目を果たします。
胸の奥で繰り返す言葉は、祈りにも誓いにも似ていた。
霧島は静かに立ち上がり、刀を腰に差すと、土方の部屋へ向かった。
廊下を進む足音が、やけに大きく響く。
襖の前に立ち、深く息を吸い込んだ。
胸の鼓動は早く、乱れているのが自分でも分かる。
「……土方さん」
襖を開けると、土方は机に向かい、筆を走らせていた。
顔を上げたその鋭い眼光が、霧島の心を見透かすように射抜く。
「……顔色が悪いな。怖いか?」
短く放たれた問いに、霧島は喉が詰まったように言葉が出ない。
ひどく渇いた唇を噛み、やっとのことで声を絞り出す。
「……怖いです」
正直に吐き出した瞬間、胸の奥に積もっていた重石が少しだけ軽くなる。
「でも、やり遂げます。……これを、斎藤さんが戻ったら渡してください」
懐から、小さく折りたたんだ手紙を取り出す。
それは霧島にとって、遺書のようなものだった。
もし自分が帰れなかったとき、斎藤に伝えたい言葉を記したものだ。
土方は黙ってそれを受け取ると、しばらく視線を落とし、紙を開くことはしなかった。
そしてふと口元をわずかに緩める。
「……いい面になったじゃねぇか」
その声は低く、しかし確かなねぎらいが滲んでいた。
霧島は深く一礼し、襖を閉めた。
背中を汗が伝う。だが、心の奥には奇妙な静けさが広がっていた。
戸口を抜けると、強い夜風が頬を打った。
京の町は闇に沈み、嵐の前のように息をひそめている。
遠くで犬が吠え、どこかの戸が風にきしむ音が響いた。
霧島は刀の柄に手をかけ、鞘の中で軽く鳴らして差し直す。
今夜、血の雨が降る。
その予感を胸に、霧島はまっすぐ前を見据えた。
もう退く道はない。
