第7章 新風
翌朝。
まだ日が昇りきらない頃、屯所はひんやりとした空気に包まれていた。
霧島は薄明の中で目を覚ました。
布団の隣は既に冷たく、斎藤がもう出立の準備をしていることを悟る。
急いで袴の帯を締め、髪を整える間も惜しんで襖を開けた。
外に出ると、冷たい朝の空気が頬を刺す。
静まり返った屯所の前庭には、薄い霧がかかり、足音が響くたびに草露が揺れた。
朝の空気は冷たく、吐く息が白く揺れる。
庭先で、羽織を肩にかける斎藤の姿が見えた。
背筋は真っすぐで、まるで一枚の絵のように凛としている。
「……早いな」
振り返った斎藤が、淡々と告げる。
霧島は少し戸惑いながら、口を開いた。
「……行く前に、顔が見たくて」
斎藤は一瞬、瞳を細める。
「このまま何も言わずに行かれたら、私はきっと後悔します」
斎藤は黙ったまま霧島を見つめ、やがてゆっくりと歩み寄った。
「何をそんなに怯えている」
霧島は一瞬言葉を失ったが、やがてかすれた声で言った。
「……怖いんです。斎藤隊長が帰ってこないかもしれないって考えると」
斎藤の眉がわずかに動く。
「昨日も言ったはずだ。必ず戻る、と」
霧島は顔を上げる。
「約束、してください」
しばしの沈黙ののち、斎藤は真っ直ぐに頷いた。
「あぁ、約束する」
霧島の胸に熱いものが込み上げる。
「……じゃあ、待ってます。何があっても」
斎藤は少しだけ口元を緩め、低く言った。
「そうしてくれ。あんたが待っていてくれるなら、生きる理由になる」
霧島の目が見開かれる。
斎藤がそんなことを言うのは、初めてだった。
「……ずるいです、そう言われたら」
霧島は思わず笑ってしまい、すぐに唇を噛んで頭を下げた。
斎藤は何も言わず、ただその様子をじっと見つめてから、踵を返した。
霧島は背筋を伸ばし、遠ざかる背中を目で追う。
その姿が角を曲がり、見えなくなるまで、ひとつも瞬きをしなかった。
そして、ひとり残された庭で、ぽつりと呟いた。
「……必ず、帰ってきてくださいね」
白い吐息が空に溶け、朝日がゆっくりと庭を照らし始めた。