第7章 新風
それから霧島は、伊東と顔を合わせないように過ごした。
恐怖はまだ身体の奥に巣食ったままで、ふとした物音や、背後から声をかけられるだけで心臓が跳ねる。
夜も浅い眠りしかできず、夢の中で何度もあの時の感触に引き戻された。
目を覚ました後も、胸の奥がざわざわと波立ち、落ち着かない。
そんな日々が数日続いた頃だった。
霧島は土方の自室へ呼び出された。
襖を開けると、机の前に座る土方が書類を置き、鋭い眼差しを向ける。
低い声が部屋に落ちる。
「伊東がな『御陵衛士』として分離するそうだ」
霧島は息を呑む。
あの男が隊を出る──それだけで、胸の奥にわずかな安堵が広がる。
だが、次の言葉に表情が固まった。
「斎藤を潜り込ませることになった。しばらく三番隊の指揮はお前に任せる」
「……私に三番隊を……?」
思わず声が上ずる。
土方は短く頷いた。
「斎藤の志願だ。お前なら任せられるとよ」
霧島はその場で言葉を失った。
なぜ彼が御陵衛士に──。
居ても立ってもいられず、霧島は斎藤を探した。
斎藤は縁側に座り、木々を眺めていた。
そのいつもと変わらぬ静かな表情は、どこか遠くを見ているように見えた。
「斎藤隊長……」
呼びかけると、斎藤がわずかに顔を向ける。
「……あんたか」
霧島は膝をつき、真っ直ぐに彼を見た。
「本当に、御陵衛士に?」
斎藤は一拍おいて、短く答える。
「しばらく隊を頼む」
その一言で、霧島の胸の奥がきゅっと縮んだ。
黙って頷くことなんてできなかった。
「どうして……」
声が震える。
「どうして、斎藤隊長が行かなきゃいけないんですか」
斎藤の瞳がわずかに細められた。
「俺がそう決めたからだ」
その静かな声に、霧島は唇を噛みしめる。
胸の奥から言葉が溢れ出る。
「……離れたくないです」
押し殺した声で告げると、斎藤の表情がかすかに揺れた。
だがすぐに、いつもの落ち着いた顔に戻る。
「これも隊務だ」
揺るぎない声だった。
霧島は拳を握りしめた。
「分かってます……でも……!」
悔しさと不安で目頭が熱くなる。
斎藤はしばらく黙って霧島を見ていた。
そして、少しだけ声を和らげる。
「……心配するな。何かあれば、すぐ戻る」
その一言が、胸に深く沁みた。
霧島は震える声で「はい」と答えるのがやっとだった。