第7章 新風
答えは出ないまま、霧島は膝の上で拳をぎゅっと握りしめていた。
伊東はそれを静かに見下ろし、唇の端だけを上げて微笑む。
柔らかく、しかしどこか棘を含んだ笑みだった。
「ねえ、霧島さん」
声は甘く、誘うようだった。
だがその言葉を発した次の瞬間、伊東は座卓を軽く回り込み、躊躇いなく霧島のすぐそばに膝をついた。
「っ……伊東さん?」
問いかける余裕さえ奪われる。
伊東の手が素早く伸び、霧島の肩を掴んで力を込め、霧島の背中を畳に押し付けた。
「怖がらないでいいのよ」──囁きは優しい。
だがその優しさは、霧島を外へ逃がさない枷にもなっていた。
抵抗する腕は伊東の思いがけない強さに封じられ、畳の冷たさと体を貫く鈍い痛みだけが現実を教える。
霧島の抗議も意に介さず、伊東は顔を近づけ、白い指先で霧島の首筋をなぞる。
「私は、あなたが欲しいの」
囁きはやけに熱を帯びていた。
「あなたみたいな人を、こんなところで潰すのは見たくないの」
伊東の声は低く、甘く、耳につくたびに胸がざわついた。
「私のところへ来なさい。あなたなら、もっと賢く、もっと美しく生きられる」
言葉は誘惑そのものだった。
霧島の内側で恐怖と嫌悪が同時に襲う。
「やめてください、伊東さん……!」
必死の声が畳に吸われた。
霧島は腕を振りほどこうとするが、伊東は片手で袖を抑え、もう片方の手で袴の帯に触れる。
指先が帯の結び目にかかると、霧島の心臓が跳ね上がる。
布が緩む感触が指先に伝わった瞬間、世界が小さく揺れた。
「やだ……っ」
畳が軋む音と同時に、襖が勢いよく開いた。
「ずいぶん楽しそうですね、伊東さん」
軽やかな声とともに沖田が立っていた。
「沖田さんっ!」
霧島が名を呼ぶより早く、沖田は部屋に入り込み、伊東の手首をすっと掴む。笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「伊東さん、口説くなら場所くらい選んでくださいよ。……こんなとこ、誰かに見られたら誤解されます」
「誤解、ね」
伊東はくすりと笑い、霧島の帯から手を離す。
「それなら、続きを邪魔するのは野暮ではなくて?」
「僕が新参者の貴方に遠慮する必要はないでしょ」
沖田は肩をすくめ、霧島の腕を取って立たせる。
外へ連れ出され、ようやく深呼吸ができた。
膝がわずかに震えているのを、霧島は隠せなかった。
