第7章 新風
──そして、その日の夕刻。
霧島が水を汲みに行こうと外へ出ると、井戸の前に伊東が立っていた。
風に揺れる羽織の裾が、落ちかかる夕陽を受けて赤く染まる。
「ちょうどいいわ、霧島さん」
伊東はまるで待ち伏せしていたかのように微笑んだ。
「少しお時間いただける?」
断る理由が見つからず、霧島は小さくうなずいた。
胸の奥が、またざわつき始める。
「こっちへいらして」
伊東に導かれ、霧島は屯所の端にある静かな一室へと足を踏み入れた。
「今日から私の居室なの」
畳の匂いが新しく、ほかの部屋より整えられた印象を受ける。
伊東は座卓の向こうに腰を下ろし、霧島に座るよう促した。
「あなた、まだ若いのに随分落ち着いているのね」
柔らかな声が、部屋の中に穏やかに響く。
「……そうでしょうか」
霧島は姿勢を正したまま、伊東の目を正面から見据える。
「ええ。けれど、あなたや新選組の皆さんは情勢を何も理解していない。いずれ時代に殺されるわ」
伊東の言葉は、どこか甘やかで、けれど鋭く心に突き刺さる。
「新選組の掲げる『誠』は美しい。でも、力と恐怖で人を縛るやり方には限界があるわ。時代は変わるの。これからは学び、知恵を持った者が世を導くべきだと私は思っている」
「学び……知恵……」
霧島の胸のざわめきは次第に大きくなった。
伊東の言葉には、確かに一理あるように思えた。
剣だけでは何も変えられない──どこかで感じていた焦燥が、鮮やかに言葉にされていく。
「あなたなら、まだ若いし、もっと別の道も選べるはず」
伊東は身を乗り出し、霧島の顔を覗き込む。
「剣に生きて死ぬだけが人生じゃないわ」
霧島は思わず息を呑んだ。
伊東の目は穏やかで、けれど底知れぬ光を宿している。
まるで心の奥底を覗かれているようで、逃げ場がない。
「……私は」
言葉を紡ごうとした瞬間、胸の奥に熱がこみ上げる。
自分はどうしたいのか。
ここに居続ける意味は、本当にあるのか──。
答えは出ないまま、霧島は拳を膝の上で強く握った。
伊東はそんな霧島の揺れる心を見透かすように、ただ静かに微笑んでいた。