第7章 新風
土間を出ると、霧島は静かな廊下をゆっくりと歩いた。
さきほどまでの議論が耳に残っている。土方の低い声、永倉の不満げな吐息、藤堂の複雑な表情――。
心の奥にひっかかる感覚があった。
伊東の目は、敵意ではなく、それでいて不思議な熱を帯びていた。
考え込んだまま角を曲がった瞬間、霧島は足を止めた。
廊下の先から、伊東甲子太郎がゆっくりと歩いてくる。
(……まずい)
思わず視線を逸らし、足を速めたが、向こうもこちらに気づいたらしい。
「もし、あなた」
涼やかな声が廊下に響き、霧島の背筋がぴんと伸びた。
(……聞こえなかったことに、できない)
足を止め、振り返る。
「ちょっと聞きたいのだけれど」
伊東は穏やかに笑っていた。決して敵意を向けているわけではないのに、その笑顔はどこか人の心を見透かすようだ。
「……なんでしょうか」
できるだけ平静を装い、霧島は答える。
「近藤さんのお部屋はどちらかしら」
「この先、右手です」
淡々と答えると、伊東は小さく頷いた。
「ありがとう」
それだけで会話は終わるはずだった。霧島は軽く会釈をして歩き出そうとした――が、伊東はその場に立ち止まり、霧島をじっと見つめていた。
「あなたみたいな子でも、この組に属しているのね」
霧島の足が止まる。
穏やかな声色なのに、胸の奥にざわりと波紋が広がった。
「……少し勿体ないわ」
何が勿体ないのか、一瞬で理解できなかった。
だが、その言葉には棘があった。
「どういう意味でしょうか」
思わず問い返すと、伊東はくすりと笑う。
「あなたは剣も腕も立つでしょう?それに美しい。血と汗にまみれて命を削るばかりじゃ、あまりに惜しい気がするわ」
霧島は言葉に詰まった。
伊東の声音は柔らかいのに、どこか底知れない。
褒められたはずなのに、胸の奥に妙なざわつきが残る。
「…… 私が望んだ事です」
霧島は短く答え、再び会釈をした。
伊東はその横顔を愉快そうに眺め、そっと扇子を開いた。
「いずれ、ゆっくりお話ししましょう。あなたとは、もっと深く語り合いたいわ」
その言葉は、単なる誘いとも、挑発とも取れた。
霧島は無言で頭を下げ、その場を離れた。
足音が遠ざかるたび、鼓動が早まっていく。
胸の奥でざわめきが消えず、まるで見えない糸をつけられたような感覚が残った。