第1章 剣士
霧島は木刀を握ったまま、壁にもたれかかって座り、静かに深呼吸した。
汗に濡れた額から水滴が落ち、床に小さな染みをつくる。
「……やはり、ここでも息が上がるか」
自嘲するように笑い、霧島は視線を伏せる。
胸の奥が熱く、呼吸が少し荒いのは、単なる疲労ではなかった。
幼い頃、守れなかった大切な者──両親のことが脳裏をよぎり、その思いを忘れまいと自らを追い込み続けてきた。
霧島の剣は、爆発的な瞬発力に特化している。
だから瞬間的には誰よりも鋭く、威力もある。だが長くは続かない。体力は激しく消耗する。
この特性を理解していなければ、実戦では仲間を守りきれない――。
そのとき、気配もなく影が差した。
「霧島」
低い声に顔を上げると、斎藤が立っていた。
「見事な太刀筋だ。だが…、力に頼りすぎだ」
淡々とした言葉だが、その瞳にはわずかに光が宿っていた。
「今のままでは、実戦でも一時的にしか使えん」
「……承知しております、もっと鍛錬に励みます」
斎藤は短くうなずき、口元にわずかに笑みを浮かべる。
「ならば、汗を流せ。井戸まで案内しよう」
霧島は軽く頷き、斎藤に従って稽古場を出た。
外の空気は少しひんやりとしていて、汗に濡れた体を包み込む。
心臓の高鳴りが徐々に落ち着き、深く息を吸い込むたびに、稽古の熱が静かに鎮まっていく。
斎藤に案内されて裏庭の井戸にたどり着くと、霧島は手桶を手に取り、水を汲んで顔や首筋にかけた。
冷たい水が肌を打ち、体中の熱を少しずつ洗い流していく。
冷たさを体中に沈めながら、胸の奥で渦巻いていた緊張と焦りを落ち着ける。
ひとしきり水を浴び終えると、霧島は手桶を置き、静かに立ち上がった。
「立ち会い稽古、ありがとうございました」
深く一礼する。
斎藤は霧島の礼を受け止めるように静かに見つめ、しばらく沈黙の後、低く問いかけた。
「あんたは……何故、新選組に?」
質問の意味は明白だ。理由を問うのは、単なる好奇心ではない。
仲間として認めるに足る覚悟があるのか、見極めようとしているのだ。
霧島は水に濡れた手を握りしめ、わずかに息を整えながら答えを考える。
――守るべき者を失ったあの日のことが、胸の奥で再び熱を帯びる。