第5章 池田屋
外へ運び出された時、東の空はもう白み始めていた。
京の朝はひどく静かで、先ほどまでの修羅場が幻だったかのようだ。
土方は冷ややかに会津藩士へ遅参を咎め、手際よく残党狩りを命じていく。その声が遠くに聞こえるほど、斎藤の意識は霧島の方へと張り付いていた。
霧島は浅い呼吸を繰り返している。
唇からにじむ血が、現実を容赦なく突きつける。
(……間に合え。死なせるわけにはいかん)
胸の奥がじりじりと焼けるように痛む。
戦場では無心で斬ることができるのに、今はただ、この一人を失わないことしか考えられなかった。
屯所へ着くと、松本良順がすでに待ち構えていた。
斎藤は剣を拭うことさえ忘れ、霧島が担ぎ込まれていくのを黙って見送る。
「斎藤さん、手が……」
傍らの雪村が声をかけた。手には血がつき、指も切れている。
「俺はいい。まず霧島だ」
斎藤の声は短く鋭く、それ以上何も言わせなかった。
雪村は頷き、奥へと走る。
霧島は斎藤の居室に運ばれ、治療が始まった。
斎藤はその場を離れられず、廊下を行ったり来たりする。
ただ足音ばかりが響き、時間が異様に長く感じられた。
やがて障子が開き、松本が現れる。
「弾は摘出した。命は取り留めたが、しばらくは絶対安静だ」
その言葉を聞いた瞬間、斎藤は深く息を吐いた。
握りしめていた拳がじわりと汗ばんでいるのに気づき、ゆっくりと開いた。
座敷へ入ると、霧島はぐったりと横たわっていた。
胸はゆっくり上下している。呼吸は浅いが、先ほどよりも確かだ。
その姿を見た途端、胸の奥で張り詰めていた糸が切れた。
斎藤は膝をつき、そっと息を吐く。
「……よく、生きてくれた」
思わず漏れた声は、戦場の誰にも聞かせたことのないほど柔らかかった。
自分がこんな声を出すことに、斎藤自身が驚く。
そっと手を伸ばす。
指先が霧島の頬に触れようとして――寸前で止まった。
(こんなときに、何をしている……俺は)
自嘲のように唇を結び、手を引っ込める。
これまで何人もの部下を見送ってきた。
血に染まった仲間の顔を拭い、せめて最期は穏やかにと祈ったこともある。
だが、こんなふうに生き延びたことに心の底から安堵し、ただ見守るだけで満たされるなど初めてだった。
霧島はまだ目を覚まさない。その寝顔は驚くほど穏やかで、戦場で見せる険しい顔とは別人のようだ。
